トランスフォーマー・シネマティック・ユニバースの魅力について語ってみる

僕に好きなものは沢山あります。

冷静に振り返ってみると、本当に多趣味というべきか様々なシリーズのファンでした。思い出せる限りで列挙していきますと、

・『ドラえもん』シリーズ

東映スーパー戦隊仮面ライダーシリーズ

・ディズニーのアニメ作品

・スタジオ・ジブリのアニメ作品

江戸川乱歩氏による『怪人二十面相』シリーズ

ダレン・シャン氏による『ダレン・シャン』や『デモナータ』など

・『海底二万里』『十五少年漂流記』『地底旅行』などの古典小説

・『ハリー・ポッター』シリーズ

・『ケロロ軍曹』シリーズ

・マーベル・シネマティック・ユニバース

・DCエクステンディッド・ユニバース

・『スター・ウォーズ』シリーズ

また、フィクションの作品ものに限らなければ、工作・ナノブロック・プラモデル、そして最近はPCゲームの『マインクラフト』にはまりつつあるなど、順調に我が道を行っていますね( ・ω・)y-~~

 

そんな僕の中で、今ホットになりつつシリーズ。

それが実写映画の『トランスフォーマー』シリーズです。

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今年2017年の8月10日より、最新作である『トランスフォーマー/最後の騎士王』が公開されました。シリーズ5作目であるにも関わらず、まったく終息を見せないストーリー、続々と控えている続編群、あまり進歩が無い出来、など衰えどころかまだまだこれからが楽しみなシリーズなのです。

2007年に公開された『トランスフォーマー』からの計4作品、最初は特に感じるものはなく、「観た後はとにかく疲れるなー」とすら思っていました。……が、なぜか繰り返し見ているうちに徐々にはまっていったと思われます。

トランスフォーマー』シリーズは、今年で10周年を迎えます。後述しますが、続々と控える続編群や現在のハリウッドでの情勢により、本シリーズは「トランスフォーマー・シネマティック・ユニバース」という名前を授かるに至りました(あまり浸透していない名前ですね)。

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なぜ、僕が本シリーズにはまったのか。未だシリーズ未見だという方は、本記事で「トランスフォーマー・シネマティック・ユニバース」の魅力を少しでも知っていただきたいと思います。ただ、個人的な記録という一面もあるので、読みづらいところもあるかもしれませんが、ご容赦くださいませ(´・ω・)

 

トランスフォーマーとは何なのか?

トランスフォーマーとは、地球よりはるか彼方の遠方に存在する惑星・サイバトロンの住民です。地球よりはるかに巨大なその惑星表面は、六角形のハニカム構造の建造物でくまなくおおわれています。

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彼らの肉体は金属で構成される金属生命体です。彼らの中に半ば伝説という形で伝わるところによれば、元々オール・スパークという金属に命を与える特殊なエネルギーを持つキューブ型の物体により、彼らが誕生したとされています。

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しかし、事実として確定している所によれば、「創造主」と呼ばれる超高度な技術を持つ異星人により、有機物を元素変換することで得られるトランスフォーミウムという金属によって創り出されました(オール・スパークと創造主の関係性については未だ不明です)。

彼らは人間と同じく記憶や感情などを持ち合わせ、胸部に格納される青白く発光する物体「スパーク」が、それらを収納しています。そのため、胸部のスパークもしくは頭部を破壊されると、死を迎えます。

 

本当はサイバトロン星人と呼ばれるべきなのですが、後述の特徴により、我々地球人から「トランスフォーマー」と呼ばれています。

トランスフォーマーという名前は、変形(トランスフォーム)から来ています。

彼らを構成する金属トランスフォーミウムは、地球の分析によれば「プログラム可能な物質」であるそうです。つまり、彼らの意志・あるいは創造主の手によってその体は任意に原子レベルで再構成することが可能になります。

トランスフォーマー名物のあのガシャガシャ変形はトランスフォーミウムの性質由来なのですね。

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まず彼らは「サイバトロンモード」という、いかにも地球外のエイリアンらしい見た目をした一番基本の形態を持っています。それが、地球など他の星へ突入する際に「トランジッションモード」という卵型の隕石形態や、その惑星に滞在する際に(主に擬態目的で)自動車といった機械の類をスキャンし、内部構造に至るまで完璧にコピー・その形にトランスフォームします。それが「アース・モード」です。

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そのコピーはあまりにも完璧なので、彼らが自分たちの意志でガシャガシャと変形して正体でも明かさない限り、人間にはさっぱりわかりません。

地球よりも高度な技術力を持ち、優れた文明を築いてきた彼ら。銀河を渡って星から星へ宇宙を旅したり、物質転送といった技術も開発。そして太古の昔から人類史に干渉してもいました。

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しかしその中でオール・スパークを巡って、トランスフォーマー達は「オートボット」と「ディセプティコン」に二分されました。オプティマス・プライム率いるオートボットはに他の生物との共存を重んじる「良い者」の集団ですが、メガトロン率いるディセプティコン達は基本的に手段を選ばない残虐な「悪者」の集団です。それでもやはり例外はありますが。

 

……以上がトランスフォーマー達の説明となります。それでは、以下にシリーズについて書いていきますね。

 

 

個性的なキャラクター達

良い映画に共通する3つの特徴としてよく挙がるのが、キャラクター・ストーリー・世界観(設定)です。その一つであるキャラクターの造形に関しては、トランスフォーマーも文句なくあてはまるのです。

実を言うとただでさえキャラクター数が多いのに、特にトランスフォーマーはガチャガチャした見た目で覚え辛いので、僕自身覚えているキャラクターが少ないです(´・ω・)

一人一人紹介してもいいのですが、それだと膨大な量になってしまうので絞っていきましょう。

 

まずは、オプティマス・プライム。

シリーズの看板的キャラクターであり、この人がいないとシリーズは成り立たない(『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャックや、『ターミネーター』のT-800、『ミッション・インポッシブル』のイーサンですね)。

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「プライム」という称号は、トランスフォーマーのリーダーを意味します。最初期のトランスフォーマーに属する7人のプライムの血を引きながら、実力でその称号を受け継ぎました。さらに現時点では詳細は不明ながら、一部の伝説のトランスフォーマーたちと同じ「騎士」の称号も得ているようです。

紳士的で聡明な性格であり、基本的に人類からの要請は受け入れる寛容な姿勢を見せます。それに加えて作中では1,2を争う強さも持ち合わせ、仲間であるオートボット達から絶大な尊敬を集めています。事情あって隠居した後、帰還した時には仲間たちは一同結集し、一気に士気が高まりました。

 

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黄色いボディが特徴的なバンブルビー。ノイズのような電子音声、もしくはラジオの音声を代用する事でしかしゃべれないものの、感情表現がとても豊かです。その彼とは、オプティマスは旧知の戦友だであり、信頼できる右腕だそうで。

また、今は宿敵同士のメガトロンとは、かつて先代のプライムであるセンチネルの元、同僚で良きライバルでした。それが、思想が真っ向から対立したことから、オートボットディセプティコンの内戦に突入したのです。

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 前述の通り戦闘力は相当のものであり、彼が戦いの場に参戦すると大抵は無双状態になります。その人柄合わせて、彼がスクリーンにいる間は一種の安心感を覚えることができるのです。戦闘時には口元をマスクがシャキンッ!とカッコよく覆い、主に剣を使って暴れまわりますね。

人間の友であるサムを守るため、メガトロンらディセプティコン3人をまとめて相手にして優勢に戦ったりもしました。

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「弱いぞォ!」

「メタルのクズめ!」

「ガラクタの、役立たずの、スクラップがぁ!」

 

……ちなみにメガトロンのセリフではありません。全部オプティマスのセリフです。

他にも、

「最期に言い残すことは?」

「その顔をはいでやる」

とても正義の味方とは思えないほどの恐ろしい名言を連発しています。こうなるのはディセプティコンとの戦闘中の身なのですが……戦闘スタイルはまさしく残虐そのもの。隙あらば敵の顔面を狙い、顔面真っ二つなんて当たり前という調子です(((((゚Д゚;)))))アワワ

メガトロンは一応「破壊大帝」という異名で恐れられていますが、非公式ながらオプティマスは「サイバトロン破壊大帝」あるいは「顔面破壊大帝」の名で呼ばれているとかいないとか。メガトロンってオプティマスと1対1になると強さでも残虐さでもかすんでしまいますね……。

ということで、これが人間の頼もしき守護者であり、オートボットの司令官であるオプティマス・プライムでした。もちろん彼は数多くのキャラクターの筆頭に過ぎず、他にもまだまだ面白いキャラクターは沢山いますよ!

 

 

サイバトロンと地球が紡ぐ壮大なストーリー

現在、本シリーズは

トランスフォーマー

トランスフォーマー リベンジ』

トランスフォーマー ダークサイドムーン』

トランスフォーマー ロストエイジ

トランスフォーマー 最後の騎士王』

の計5作品までが製作されています。

毎回毎回のお約束にもなっているのが、「彼らが実は過去にも地球に来ていました」という歴史秘話。

エイリアンであるトランスフォーマー達は、1作目の2007年時点で突然ポッと地球に飛来したわけではなく、実は恐竜の時代から地球の歴史にかかわってきていたのです。

 「え、あの時トランスフォーマーがいたの?!」

という逸話の数々。詳しくは作品を鑑賞して確かめてもらいたいのですが、特に現時点で最新作である『最後の騎士王』では、歴史の裏で行われていた人類とトランスフォーマーの接触という側面がメインとして取り上げられていましたね。歴史もののミステリー感覚や、過去からの遺産を巡って起きる現代での波乱。

そもそも全く体のサイズが違うことから、そもそも交流の成立自体が怪しい人間とトランスフォーマーの関係。意外としか言い表せないサイバトロンと地球の接点は、久しぶりに子供らしい純粋な好奇心と想像を刺激してきます。

一例を挙げてみますと、

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↑およそ6500万年前に有機物を変換することでしか得られないトランスフォーミウム欲しさに地球に攻め込み、恐竜を絶滅においやった「創造主」たち。

 

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↑およそ1万年前、自分たちの動力源であるエネルゴンを求めて地球に飛来した最初の7人のプライムたち。

 

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↑484年に地球に飛来したアイアコンの騎士達。およそ1000年前の異民族との戦争では、円卓の騎士たちに力を貸した。

 

f:id:the-Writer:20170919203850p:plain↑1866年に撮影された、幕末の武士達とドリフト。ちなみに200年以上続いた江戸幕府が終わりを告げた大政奉還はこの翌年の1867年。

ドリフトは4作目『ロストエイジ』からの登場ですが、彼はずっとこの地球にいたのですね。トランスフォーマー達は地球滞在時に擬態のために、アースモードとして地球のものに擬態する、というのは先ほど説明した通りです。初期に「創造主」につくられた騎士達である「ダイノボット」は、当時地球最強の生物である恐竜を模したデザインでした。ならば、特に自動車などが存在しない江戸時代では、ドリフトは武士たちの甲冑を取り入れたデザインに体を変化させた……という考察ができます。日本の文化がここまで直接影響し、日本の武士たちとの交流があり徒党を組んで戦ったであろうトランスフォーマーがいる、という設定は非常に興味をそそられますね。

 

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↑1897年、その10万年前にオールスパークを探して地球に墜落し、凍結していたメガトロンが発掘される。政府に回収されたメガトロンは、NB-1というコードネームで秘密組織セクター7の管轄下に。メガトロンを研究して得られた技術はまさしくオーパーツであり、自動車のエンジン・ロケット・インターネットといった技術革新に繋がります。

 

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↑1939年から6年間続いた第二次世界大戦にて、連合国軍に属していたバンブルビー。特殊部隊「悪魔の旅団」のメンバーとしてナチスせん滅に活躍。ZB-7というコードネームで呼ばれ、このころの彼はオプティマス曰く「とても手に負えなかった」とのこと。黄色いボディ・良くも悪くも子供っぽい性格・電子音声によるコミュニケーションでマスコット的なポジションのバンブルビーですが、かつてカーキ色で重火器をぶっ放して冷酷に敵軍を吹き飛ばしていたとは、ギャップが激しい過去を持っていますね。

 

 

代表的なものをいくつか挙げてみましたが、これ以外にもトランスフォーマーが介入してきた事例はまだまだたくさんあります。

『最後の騎士王』では過去の写真にトランスフォーマーが写りこんでいる……という事例が多数紹介されました。余談ですが、何となくスレンダーマンを連想してしまいました。何の変哲もない写真を加工し、本来あり得ないものを写りこませるというのは、フィクションならではの楽しみであり、ワクワクさせてくれますね!

またこの広大な宇宙において、トランスフォーマーだけはない他のエイリアンの存在も示唆されており、彼らがどんな生物でどんな関わり方をしてくるのか、という考察も楽しいです。

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4作目『ロストエイジ』を作り終えた時点で、既にハリウッドではマーベル・スタジオによるマーベル・シネマティック・ユニバースが大成功を収めていました。実はすべて同じ世界にいるという設定の、一見全く異なるスーパーヒーローたちの映画を何作も作り、数年に一度彼らが一挙に集合するお祭り映画も作る……

これは俗に「ユニバース商法」と呼ばれ、マーベルのライバルであるDCコミックスも同じ試みを始め、スターウォーズや、ハリウッド版ゴジラ、はたまたユニバーサル・スタジオの古典的モンスター達まで、様々なシリーズが独自のユニバースを作ろうとしています。

言わずもがなトランスフォーマーもこの流れに乗ることとなり、その結果が以下の通りです↓

以前の記事で述べましたが、僕は脚本関係のニュースも大好き。そんな中で飛び込んで来た、「ライターズ・ルーム」の話はまさに「ありがとう……ありがとう……」とひれふさんばかり。トランスフォーマーシリーズは終わるどころか、まだまだこれからなのです。また、以前『G.I.ジョー』とのクロスオーバーがささやかれたこともありましたが、それ以降何の音さたもないので「企画は死んだか……?」と思われていましたが?

 

なんとまだ水面下で続行しているそうです!G.I.ジョーは、トランスフォーマーと同じくハズブロ社が出がけるオモチャをベースとしたシリーズであり、様々な特殊ガジェットを装備した国際編成部隊の活躍を描いています。2大シリーズのクロスオーバーは聞いただけで非常に楽しみになります。是非とも実現してほしいところ。

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このように、地球の各地に隠された謎や歴史を紐解きながら、膨大なストーリーが展開されようとしている所も、トランスフォーマーシリーズの魅力なのです。

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 爆発、爆発、爆発!!

 最近、ディズニーが製作しているスターウォーズは『ローグ・ワン』『ハン・ソロ(仮題)』『エピソード9(仮)』と、監督交代のトラブルに見舞われまくっているそうですが……本シリーズは(なぜか)5本通してずっと同じ監督が製作してきています。これまでのシリーズの中心人物ともいえる男、それがマイケル・ベイなのです。

マイケル・ベイ、具体的に彼はどんな人間なのか?

 

国内・海外問わずファンの間で「マイケル・ベイの脳ミソには火薬が詰まってるのではないか」と言われるほど、とにかく迫力に満ちた爆発(とカーチェイス)の描写に定評がある。『アイランド』ではベイが車を運転しているなか鉄道用の車輪運搬トレーラーと遭遇し、「これが落ちたらヤバそう」と感じ、同映画のカーチェイスシーンにこの要素を加えている。特に『トランスフォーマー/リベンジ』のクライマックスで使われた火薬の量はハリウッド映画史上最大級と言われるほど。 また、異様なめまぐるしさのカット割と、やたら揺れたり回ったりのカメラワークから、観客の中には酔う人も多い。「何が起こっているかさっぱりわからないが迫力だけは感じる」という評価が少なくない。 土埃や火花の中でカメラを覗き込むベイの姿は、それ自体が既に映画的である。また、かなりのミリタリーフェチで、映画ではだいたい米軍が活躍する。 伊藤計劃も指摘していたが、『トランスフォーマー』を例にとると、窮地に陥った味方基地に対して、まず無人偵察機が飛び、AWACSが急行し、A-10が地上を制圧し、そしてAC-130が対地支援攻撃を行う、という過程を省かずに(作品全体としてはそんなに必要な描写でもないのに)しっかりと描く。軍事考証がしっかりしていると言うよりは、米軍の本気を映像にしたいという素直な欲求がにじみ出ていると言える。かっこよく映してくれるので、米軍も快く協力してくれるという。加えて、スピルバーグが舌を巻くほどに車の描写が上手く、彼に「車をかっこよく撮らせたらベイの右に出る人はいないね」とまで言わせているほど。というのも、そもそも車のCMを作っていたこともあるからである。 

出典:マイケル・ベイ 

 

 

かの有名なクリストファー・ノーラン監督のIMAXにまつわる秘話と並ぶレベルに壮絶な話ですね……

 このように、車を撮らせると彼の右に出るものはいない。加えて地獄のような爆発祭りを勝手に開催してくれるホットな男、それがマイケル・ベイなのです。

しかしこの人、それ以外の描写がアレです。特に『ロストエイジ』は顕著でしたが、特に人間パートは不器用な描写であり、無駄なシーンも多い。それがけっこう映画の勢いを殺してしまい、ゲンナリすることもあります。このせいで、「彼の映画は中身が無い」と評されることも多々あったり。とにかく不器用なんです。

 

が、しかし!ILMのスタッフの方々が毎回膨大な量の作業をしっかりやりこんでくれるおかげで、スクリーンにうつるトランスフォーマー達は非常に興奮する仕上がりになっています!ガシャガシャ変形シーンは垂涎もの。車から人型に変形し、人間のように表情もある金属生命体だなんてCG(以下VFXと書きます)でしか再現できないわけですが。VFXとわかっていても、そのVFXで描かれる金属の質感はなぜかハートをくすぐります。f:id:the-Writer:20170921211925j:plain

人間とトランスフォーマーが写るシーンや、トランスフォーマーが市街地や森などで戦うシーンは、最初に豪快に撮影した映像に後からVFXトランスフォーマー達を描きこむことになります(場合によっては街ごとVFXで製作します)。映像の質を保つために、特に実物とVFXの境目はきれいに処理を行わなければいけません。しかし、5作通してもその映像は隅々まで丹念に作りこまれています。トランスフォーマー達は驚くほどにに映像になじんで暴れまわっており、「CGだから本当は存在しない」と思っていても、息をのむ迫力です。

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シリーズもので、だいぶ年月が経った後に続編や前日譚を製作すると、進歩したCG技術のせいで話はつながっているはずなのに、映像の質がだいぶ違ってしまう……という事象がシリーズもので起こってしまうことがあります。トランスフォーマーは、1作目から5作目までで10年が経過していますが、今1作目を観ても全く見劣りしません。2007年当時、限界までVFXを丁寧に作りこんだからなのか。バンブルビーを主人公に据えた、1作目の『トランスフォーマー』から20年前の1987年を舞台とした単独作が来年の年末に公開されますが、このVFXのクオリティなら、違和感無しに観ることができますね。

 

ダイナミックな映像に、VFXによって命を吹き込まれた、緻密で金属製ながら非常に有機的なトランフォーマーたちが、画面で動く。地面をめり込ませ、お互いに高い金属音と火花を散らせあいながら戦う。その中を小さな人間たちが一生懸命に駆け抜け、更にマイケル・ベイがさりげなく撮るアツい画。爆発とVFXの雪崩は、シリーズの醍醐味なのです。

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以上、トランスフォーマー・シネマティック・ユニバースについてたくさん書いてみました。とにかく破壊王マイケル・ベイにより、爆発とVFXメガ盛りである本シリーズですが、とにかく「考えるな、感じろ」という言葉が当てはまると思います。画と迫力がすごいのに中身は空っぽというこの感覚、根底に流れるパラマウント配給のエンタメ作品の空気など、とにかく観て感じてほしいですし、はまる人ははまりますよ!

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マイケル・ベイは『最後の騎士王』を持って本シリーズから卒業するので、『最後の騎士王』から始まる三部作の第2章のメガホンは他の誰かに譲られます。また12人の素晴らしい脚本家たちによるチーム「ライターズ・ルーム」により、ストーリーは様々な方向へ動き始めています。これらの事から、トランスフォーマー・シネマティック・ユニバースはもっと面白くなるのです。本記事に書いた基本設定を踏まえた上で今観始めるのなら、通常の何倍も楽しめると思います。これを機会に、試しに1作目『トランスフォーマー』を観てみてはいかがでしょうか?

 

 

 

 

 

P.S 5作目にして新たなスタートでもある『最後の騎士王』は、ベイ監督曰く「よく見ると、この映画にはここから目指せる展開がたくさんあるんだ。つまり、シリーズをどのようにも続けられる“踏切板”のようなものなんだよとの事。脚本関係のニュースが大好きな僕は、「これだ!( ✧Д✧) キラーン」となりました。本記事には、今後に記事になるかもしれないヒントが大量に隠れております(-ω-)フフフ

次回の記事が、以前の予告にあったものなのか、それとも本記事内で言及されたものなのかはお楽しみに!

また、最近記事の更新ペースがめっきりと落ちていますが、一応理由はありまして……僕には「波」があるのですが、「波」が来た時には書きたいことが沢山浮かびますし、キーボードに走らせる指も大変勢いが良いです。今は「波」の絶好調時ではないので、頻繁に記事を書けるわけではないですが、それでもポツポツとは浮かんできてはいます!最近書いていないスターウォーズに関する話も、一つ面白そうなアイディアもありますし……決して義務感からではなく、楽しんで自分の興味の赴くままに記事を書く、それが僕の目指している方針です。

「とびらあけて」は傑作です

『シンデレラ』『白雪姫』『ピーターパン』『リトル・マーメイド』『くまのプーさん』…… ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオが作り続けてきたアニメーション作品は、時代を超えて大勢の人々にインスピレーション、メッセージを与えてきました。

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そんな中で、「ディズニー・プリンセス」というくくりが存在しますね。そのままとれば、ディズニーが創り出してきたお姫様たちの事です。シンデレラ, 白雪姫, オーロラ姫などが特に顕著ですが、清純で心優しく、美しいお姫様が何らかの危機に陥った時、王子様が颯爽と助けに来てくれる……(コアなファンの方々から怒られそうな書き方ですが)。初期のころに製作された作品群のプリンセスたちは、その性格・行動を持って僕らに普遍的なメッセージを伝えてくれますが、近年はそういう「受動的な」姿勢を打ち破ろうという姿勢が見られます。インターネットの発達もあり、世界中の人々の交流が盛んになるこの情勢で、これまでの伝統的な様々な枠組みを壊そう、もっと自由になろうよ、という動きがいたるところで起こっています。

さて、ディズニーのアニメ作品で最もヒットした作品は何でしょうか?

 

アナと雪の女王』です。

アメリカ本国は2013年11月27日、日本では翌年の2014年3月14日に公開されました(原題は"Frozen")。

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アナ雪という略称でも親しまれている本作品ですが、特に大好きな一本です。

僕は小さいころからディズニー作品に囲まれて育ったのでなじみは非常に深く、なんとなくディズニー作品が持つ雰囲気や世界、その温かみを肌で感じていました。その記憶が時々フラッシュバックのごとく蘇ったりしますが、非常に心地よいものです。

そして『アナと雪の女王』をも観た時、「こ、これは正統なディズニー作品だ……!」と直感で感じました。家族愛、認め合うことの大切さなどのメッセージはもちろん、作品が持つ雰囲気が僕がディズニーに慣れ親しんだ感覚、感じたことをビビッと思い出させてくれたんですね。

アナと雪の女王』には、鑑賞済みの方ならご存知の通り、"Let it go"「ありのままで」以外にも数々の名曲が入っています。その中で僕が特に気に入っている曲が、"Love is an open door"「とびらあけて」なのです。

 

 

「とびらあけて」の魅力

アレンデール王国の戴冠式の日。女王であるエルサと、その妹であり姫のアナは、エルサの戴冠式のパーティーに参加します。するとアナは、日中偶然出会ったサザンアイルズ王国のハンス王子と再会します。夜の誰もいない窓辺に腰かけ、二人は上に兄や姉がいるゆえの境遇を打ち明け、意気投合……

そうして始まるのが、このアナとハンスのデュエット曲「とびらあけて」ですね。


この曲は本当に大好きでして。iphoneで何回再生したか数え切れません(もしかして3桁行ってる?)。デュエットならではの、歌う2人が織りなす「歌」が良いんです。なので時々youtubeニコニコ動画で、いわゆる「歌ってみた」という一般人が歌っている動画をあさったりします。

そういえば、『アラジン』で有名な"A Whole New World"「ホール・ニュー・ワールド」が世界中で大ヒットし、アカデミー賞を受賞していましたね。言うまでもなく、大好きなデュエット曲ですが、「とびらあけて」はそれに匹敵する……それほどに好きなのです。

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一番好きなのは原点にして頂点の原語版でしょうか。このアナ役のクリスティン・ベルと、ハンス役のサンティノ・フォンタナの相性が最高で、その2人が歌うメロディは唯一無二、最高の一曲です。実際、後に彼女らが何らかのライブ?で歌った時の歌を聴いたのですが、「この劇中のバージョンにはかなわないなぁ」と思いました。

日本語版も良いのですが、ハンス役の津田英佑がサビの「とびらあーけーてー」のところで、アナ役の神田沙也加に押し負けている気がするのですね。惜しいところです。

 

 

原語版基準でこの曲について思う事を書いてみますと……

アナとハンスがそれぞれ自分の境遇を告白しあった後、少し沈んだ雰囲気になったところで曲のイントロと共に、ハンスがアナを受け入れる意思を示します。ミュージカルならではの、場面転換の合図なのですね。すると、アナも気持ちを切り替え、"OK, can I just, say something crazy?"「ねぇ、ちょっとおかしなこと言ってもいい?」と始め、曲が続きます。

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この曲は全編通してテンポが良く、アナとハンスがリズミカルに会話を重ね、サビに繋がります。Love is an open door~♪と2人で声を合わせてのびやかに歌うサビは非常に気持ちが良いです!直線的にまっすぐ歌うアナと、それをサポートするように、しかしアナを相互的に引き立て、聴く人を虜にするハーモニーを作るのですね。最後に行くにつれて2人の息がますますピッタリ合っていくさまも必見です。

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この歌の分かれ目はこの2回あるサビ、長めの高音をキレイに2人で調和して歌いきれるか、といっても過言ではないと思います。繰り返しになってしまいますが、クリスティンとチャドのコラボは聴く者を恋させるほどに素晴らしいものなのです。

また、機会があればこの曲のBGMのみ(カラオケ)を聞いてみてはいかがでしょう?普段は歌声に目が行きがちですが、普段とは違うこの曲の魅力に気付くかもしれません。

(この先、『アナと雪の女王』の重大なネタバレがあるので未見の方はご注意ください)

 

 

 

 

 

 

 

「とびらあけて」の裏に潜む真意

物語が終盤に差し掛かると、なんとハンス王子が悪役であるということが判明します。彼の背景をよく掘り下げると、末っ子ゆえに兄たちに相手にされず、王の子に産まれても王位も継承できないので、自分が王になるために平和なアレンデール王国の姫と結婚する……それが彼の目的でした。

この主人公のお姫様のパートナーとなるはずの王子が悪役(ヴィラン)という展開は、先のエルサの「その日に会った人間と結婚するものではない」というセリフ含めて、初期に製作されたディズニー・プリンセスの型への、いわゆる「アンチテーゼ」なのですね。

しかし、この豹変ぶりに戸惑いどころか違和感を感じた人も多いはずです。そこで、監督等から明かされた裏設定、ハンス王子とは本当は誰なのか……それが以下のサイト様の記事です。

かいつまんで言うならば、ハンス王子は「鏡」です。ハンスは、その場面に居る登場人物たちの気持ちを反映した行動や態度をとっていた……これを頭に入れてもう一度本編を観ると「あぁ、確かにそうかも」となると思います。

幼少期から兄弟たちに虐げられて性格がゆがんだハンス王子。彼は、

・意志を持たない、物語の記号的存在の「鏡」(ある意味神話的でもある)

・その時々にいる周りの人々に合わせ、望まれる態度をとる狡猾な「鏡」のような人物

と、2通りの捉え方があるでしょう。

「鏡」であるハンスが映すアナの「理想」とは、見方によっては偽物であり、本物です。設定上、「とびらあけて」の最中含め、ハンスの語る言葉は全てウソ・演技ということになってしまいます。確かに、ハンスが悪者ということ知ったうえでの「とびらあけて」はどこかうさんくさく聞こえてくるという巧妙な作りになっているのです。「とびらあけて」が気に入った僕としては受け入れがたい真実です……(´・ω・`)

 

 

……しかし、それでも僕は「とびらあけて」が大好き、と言いたいです。

しかし、歌が持つ魅力は上にも書いた通り、素晴らしいものです。なので、僕はこの歌自体は好きなのです。できれば、続編の"Frozen2"(原題)で、アナとクリストフに「とびらあけて」のリプライズ版をうたってもらう・あるいは「とびらあけて」をアレンジしたメロディを一部使った新しいラブソング を聞きたいですね。

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例えば、今作の「生まれて初めて」のリプライズ版は、一度目の「生まれて初めて」から加速したエルサとアナの気持ちのすれ違いを、リプライズとして歌っていました。ならば、アナは本当に自分を愛してくれるクリストフと、「とびらあけて」のリプライズ版をうたってもいいですよね。ここでクリストフはもちろん、アナのセリフをコピーするのではなく、自分の気持ちも正直に述べるべきですね。

余談ですが、特に記憶に残っている中では『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』や、『パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊』は過去作のテーマ曲の引用やアレンジ、それを使うタイミングがとても巧みで、ファン泣かせの音楽でした。

 

 

 

アメリカよ、これが日本の「とびらあけて」だ。

2人で歌う曲ということで、カップルに最適(もちろん同性もアリです)!な「とびらあけて」。僕が長い間動画サイトを巡ってきた結果、「これは皆さんにも聞いていただきたい!」というオススメのものを下記にまとめます。ほとんどがニコニコ動画が出典なのですが、なるべく多くの人が手軽に見られるよう、Youtubeに転載されたものを載せておきますね。(やむをえずいくつかニコニコ動画を載せますが、アカウントを持っていない方応見られると思います。)

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どれもとても素晴らしく(言っていることが合唱祭の審査員みたい)、それぞれが独自の「とびらあけて」を歌い上げてくださいました。中にはアナとハンスの両方を兼任している方もいますが、そこを技術と笑いでカバーしており、結果的に実際に2人で歌っているものに匹敵します。「え?笑いって何よ」と思った方!是非とも読み進めてくださいませ

 

1.アナ:うなぎ さん ハンス:NORISTRY さん

王道の「歌ってみた」です。全体を通してとてもハイレベルな質を保っており、まさにお手本にしたい「とびらあけて」。本家の日本語版よりこちらが好きになる方もいたり?

 

2.アナ:38番 さん ハンス:しゅーず さん

先ほどのお二人とはまた違う上手さです。上手さのベクトル(向いている方向)が多少違っており、敢えて言葉にするなら、38番さんとしゅーずさんは特に楽しそうに歌っています。聞いているこっちまで心が弾みそうな明るさであり、『アラジン』の"A Whole New World"のブロードウェイ版にも通じるものがありますね。

 
3.アナ:☆イル さん ハンス:ユーキ(E.L.V.N)さん

日本では珍しい、原語版の「歌ってみた」ですね。発音もきれいで、少しアレンジが聴いて一味違う"Love is an open door"です。原語版のファンの方は必見です! 

 

4.アナ:ろん さん, タイヤキ屋 さん ハンス:そらる さん, タイヤキ屋 さん

元々そらるさんとろんさんが歌っていたものに、タイ焼き屋さんの歌を編曲して合わせたものですね。そらるさんとろんさんが安定して歌う中、どちらかというとネタ方面に走ったタイ焼きさんの力強い声が絶妙なタイミングで挿入され、上手いのに爆笑もの、という仕上がりです。やたらワイルドなアナに、初見で吹き出さなかったらすごいと思います……。ちなみに僕は開始5秒で撃沈しました。あとハンスが変t

 

5.アナ:メガテラ・ゼロ さん ハンス:メガテラ・ゼロ さん

こちらも多少ネタ方面を向いていますが、「デュエット曲を一人」というハンデをフル活用した技術でカバーしてきます。ネタと技術が両立した数少ない例ではないでしょうか?違和感のないJ-Popのような仕上がりに、初見はニヤニヤが止まりませんでした。後半から始まるバック・コーラスはズルいですって……

 

6.アナ:いかさん (さん) ハンス:いかさん (さん)

メガテラ・ゼロさんと同じくアナとハンスを兼任していますね。こちらはタイトル通り女性なのですが、「これ実は2人じゃないか?」という違和感のなさです。一度目のサビが終わった後の、2人が廊下を滑って「飛び出せるよ~」と歌うテンポの子気味良さはピカいち!ハンスパートは男の僕がヘコむうまさですね。

 

7. アナ:りす さん ハンス:七尾 さん

やたらテンションが高い七尾さんのハンスと冷静にいなすりすさんのアナは、例えるならまるで犬と猫のよう。元気すぎるハンスが聴く人を笑顔にしてくれます!最初から何かがおかしいです

 

8.アナ:しゃけみー さん ハンス:しゃけみー さん ハンスの連れ ボクラモイルヨ!>(゚∀゚ )(゚∀゚ )(゚∀゚ )(゚∀゚ ):しゃけみーさん

(この動画を転載した方が、youtube以外でのサイトの視聴を認めていないので、動画ウィンドウの埋め込みができませんでした……)

恐らくこの中では一番有名なしゃけみーさんです。「ふ」の発音に問題があるアナ、そしてハンスが連れを連れてきてしまい、もはやデュエットではなく合唱と化しています。とにかく最初から最後までにぎやかに(そしてカオスに)突っ走ります!初見は爆笑必須なので是非ともご覧あれ。しゃけみーさんは他のアナ雪の劇中化で「効果音全部俺。」をうたっており、それらもオススメですよ!

 

9.アナ:うらたぬき さん, ヲタみん さん, しゃけみー さん, タイ焼き屋 さん, にららぎさん, ろん さん ハンス:そらる さん, すずなみ さん, あほの坂田 さん, コゲ犬 さん タイ焼き屋 さん, にららぎ さん, しゃけみー さん (連 ゚∀゚)連れ:しゃけみー さん

【耳が幸せな合唱シリーズ】その1!以上に挙げた「歌ってみた」の方々が結構入っていますね。全部観た方にとっては『アベンジャーズ』のごとく、知っているヒーローが大集合という豪華な絵面です。巧みな編集でそれぞれの良さが活きており、楽しい「とびら開けて」となっていますよ。

 

10.アナ:うらたぬき さん, ヲタみん さん, しゃけみー さん, タイ焼き屋 さん, ろん さん ハンス:そらる さん, あほの坂田 さん, コゲ犬 さん タイ焼き屋 さん,しゃけみー さん (連 ゚∀゚)連れ:しゃけみー さん

 

【耳が幸せな合唱シリーズ】その2!その1からメンバー数が減り、編集は大味になりましたが楽しさはその1以上。また違う編集で豪華な合唱になっており、個人的にはその1よりも好きかもしれません。本来はデュエット曲のはずですが、歌が上手い方々が結集することによってここまでの感動が生み出せるんですね……

 

 

 

 

 

以上、『アナと雪の女王』の劇中歌「とびらあけて」でした。

書いてみるとかなり長くなってしまいました(;´・ω・)。それにしても作詞・作曲のロバート・ロペスとクリスティン・アンダーソン=ロペスの二人は、ストーリーを踏まえたうえで素晴らしい歌の数々を創り出してくれました。このロペス夫妻の作品で、他にも未公開曲や短編の『エルサのサプライズ』のテーマ・ソングなどもあり、これらも本編の曲と並んで非常に良いです(いつか記事にしようかな……)。皆さんも、自分のお気に入りの「とびらあけて」を見つけてみてはいかがでしょうか?

 

 

 

"Frozen2"(原題)は2019年11月27日、全米公開ですよ(ボソッ

『ドクター・ストレンジ』は教科書だ

 「魔法」……この言葉を聞くと何が頭に浮かびますか?

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箒に乗って空を飛ぶ、というのは古すぎる発想かもしれませんが、杖を持って呪文を唱え、現実にはあり得ないような奇跡を起こす、というような光景を考え付くのではないでしょうか。

少しばかり真面目に考えてみた結果、僕にとっての魔法とは「不可能を可能にする」技術、という結論になりました。なにやら少年漫画の熱血主人公などにあてはまりそうな文句ですが……少しだけ言い換えるならば、魔法とは一見不可能に見える事を実現して見せること、でもあるでしょう。

たとえば、スイッチ一つをカチッと押すだけで安定した光が灯る電灯。この21世紀の現代では当たり前のことですが、今から200年過去に遡った時代では、まだ蝋燭やたき火といった、天然の火に頼っていました。また、現代ではスイッチ一つで食べ物が温めることができ、お風呂を沸かし、遠い外国の最新情報が手軽に入手できます。しかし、これらの当たり前とは、過去ではすべて「奇跡」です。そしてなぜそれが可能になったのかと言えば、「科学」が発展したからでしょう。科学とは、自然界の仕組みを知る事。様々な自然現象を「公式」の形にまとめることで、誰でも学習・理解・使用することを可能とし、様々な新しい技術の開発に繋がりました。

一見、科学と魔法は対極にあるものとされ、魔法など非科学的……という意見もありますが、僕はむしろ科学の発展形こそ魔法であり、魔法は科学を包括するという、相互的な関係にあると思います。敢えて科学と魔法に線引きを行うならば、「説明・実証」が可能か?という点でしょうか。

ちなみに、『2001年宇宙の旅』などで有名なSF作家アーサー・C・クラーク氏が提唱した「クラークの3法則」というものが存在します。それによれば、

クラークの三法則(クラークのさんほうそく)とは、SF作家アーサー・C・クラークが定義した以下の三つの法則のこと。

  1. 高名で年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている。
  2. 可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされることまでやってみることである。
  3. 十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。

出典:クラークの三法則 - Wikipedia

よって、いよいよ科学⇔魔法という関係が僕の中で固まりました。

以上、僕の魔法に対する見解です。

そして、その魔法を現実と地続きに描くことでリアリティある説得力を持たせ、新しいヒーローのオリジンを描いた作品が『ドクター・ストレンジ』なのです。

 

今や膨大な数の映画やドラマを制作し、自社のキャラクター達を実写化しているマーベル・スタジオは、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)という一つの巨大な世界を作り上げている……というのは、本ブログをよく読んでくださっている方々はもうご周知でしょうか。その作品群は、SF, コメディ, ファンタジー, クライムサスペンス……といった様々なジャンルを扱い、非常に「懐が広い」と言えるものの、すべての作品が一定の高いクオリティを保ち、まさにハズレが無いのです。

マーベルのヒーローの代表としてよく挙げられるのが、アイアンマン, キャプテン・アメリカ, スパイダーマン など。

アイアンマンやスパイダーマンは機械工学を主として、物理・化学を駆使して作り上げたスーツを身にまとって戦う、(地球の)科学の最先端を行くヒーローです。

一方で、ソーといった北欧神話からやってきたヒーローは、高度な文明を持つ異星人という解釈がとられ、雷を自由自在に召喚するハンマー・けた外れの身体能力、といったコミック的要素が現実に落とし込まれています。

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MCUではコミックの実写化に際し、「そこに実在するのだから、そこには何か理屈があるはずだ」というスタンスが根底にあります。よってヒーローの動機から、その能力の仕組みといった全てに対して説明がつくように、設定が練りこまれているのです。

一見現実では起こりえないむちゃくちゃな絵面(例えば怒ると体が緑に変色してごりマッチョに膨れ上がる中年男性)でもしっかり現代科学に基づいたものとして、理系の方でも安心して楽しめるのですね。

もっとも、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のしゃべるアライグマ・人型の樹木、といったキャラクターはやはり一際異彩を放ちますが……

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そして、ついにそのMCUが『ドクター・ストレンジ』を製作する=「魔法」を扱うとして僕は前々から非常に楽しみにしていました。

結果として、僕は大満足です!ついにMCUに参戦してきた摩訶不思議なドクター・ストレンジ。今回はその魅力を書いていこうと思います。

 

 スティーブン・ストレンジという男

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』にて、テロ組織ヒドラの抹殺対象として名前が言及されたスティーブン・ストレンジ(日本語字幕だと彼の名前は省略されています)。そんな彼はどんな人間なのか?

事故によってその輝けるキャリアも技術も失った、天才外科医。

溢れる知性とユーモア、スタイリッシュな佇まいの彼の唯一の欠点は、その傲慢さ。

出典:ドクター・ストレンジ|ドクター・ストレンジ|映画|マーベル

この特徴的なキャラクターは、一見すると非常にコミック的なわかりやすいものです。しかし、物語が進むと「傲慢」というのはあくまで表面的なものであり、ストレンジはそこまで浅いキャラクターではなく、味わい深いキャラクターだと気付かされました。

トニー・スタークと同じように、彼には本当は繊細で臆病な一面があります。臆病故、失敗したくないからと必死に勉強して天才外科医という異名をとるまでになった、というのは本人の口から説明されていました。恐らくそれを隠したいがゆえに、無意識のうちに傲慢不遜ととられるような立ち振る舞いをするようになり、頭も良いので会話によくジョークも交える現在の性格になったのでは、と思います。

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一方で、彼は一度こうと決めたら、絶対にそれを曲げない不屈の意志を持っています。香港での最終決戦にてドルマムゥとの「交渉」に向かった彼は、ドルマムゥと自分自身をアガモットの眼の力で「ループする時間」という牢獄に閉じ込めました。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の主人公ケイジのごとく、ドルマムゥに何十回と殺されようとも、ドルマムゥが根負けして手を引くまでストレンジはあきらめませんでした。どんな魔術大戦か、と期待していくと拍子抜けするような展開なのですが、このストレンジの粘り強さは既に序盤の方から伏線が貼られているんですね。

 

まず、天才外科医に至るまで、彼によれば「勉強と実践を何年も繰り返した」そうです。特に脳神経という分野は医療でも複雑困難をきわめるところでしょうが、それを丹念にずっと学び続けたからこそ、脳外科として働けたのでしょう。また、その手術自体も、一秒一秒、細心の注意と集中を絶やすことができない、大変負担がかかるものでしょうが、彼は一見それを難なくやってのけます。これも粘り強さによるものと解釈できます。次に、一度エンシェント・ワンによってカマー・タージから追い出された時、彼はあきらめて放浪するでもなく、5時間以上も門の前に座り込んで門を開けてもらえるのを待っています。修行中にヒマラヤ山脈に置き去りにされたときも、カマー・タージへの口があくまでずっとスリング・リングを構えて右腕を回し続けていたことでしょう。絶対に笑ったりしないウォンに対しても、なんとか笑わせようとギャグをかまし続けます。床に就いた後でも、アストラル次元でひたすらに書物を読んで知識をどん欲に蓄えていきます。

確かに、彼には瞬間記憶力という天性の特殊な能力がありますが、ストレンジは決してその天性の能力の上に胡坐をかかずに、実は結局地道な方法で能力を高めようと頑張ってきたんだ、と僕は思いました。その愚直ともいえる粘り強さが、エンシェント・ワンに認められてマスターの称号を授かり、最終的に強大なドルマムゥをも根負けさせるまでに至ったのです。ここに一種の感慨深さまで覚えてしまいます。

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また、それに加えて彼には自分の美学を固持し続けるとともに、内に秘めた正義感があります。作中、ストレンジは「ミスターじゃない、ドクターだ」と2回ほど訂正する場面があります。アメリカ本国のTVスポット(CM)ではここのみが切り取られてギャグシーンかのように扱われていましたが、実はここにストレンジのこだわりがあるのです。意図的ではないものの敵の命を奪ってしまった時。

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医者となり、ドクターをかたくなに名乗るのは人の命を救うため。従ってドクター・ストレンジは、もはやMCUでは珍しくなってしまった「優しき不殺のヒーロー」なのです。それが、最終的に負けることで勝利する、という結末を迎えました。

「人のためにあれ」という、師であるエンシェント・ワンの最後の教え。最初、ストレンジは腕を直して元の地位に返り咲きたい、という自分中心の願い(決して悪いことではないですが)を持ってカマー・タージに来ました。最終的に彼は、天才外科医としての輝かしい日々や、クリスティーンへの未練を断ち切り、自分に与えられた使命、そして運命を受け入れます。今はもう動かないクリスティーンからのプレゼントである時計は、「失ったものはもう帰ってこない」という戒めをこめて改めて腕につけたものだと思います。アガモットの眼を使って時間を操った男だからこそ、更にグッと来る静かな決意です。NYサンクタムの丸い窓辺に立ち尽くす彼は、世界の守り手であり、番人として覚悟を決めた、一人のヒーローの様を呈していました。

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MCUに持ち込まれた「魔法」

 厳密に言うと、MCUに魔法が持ち込まれたのは『ドクター・ストレンジ』が初めてではなくて『マイティ・ソー』から、と思っています。

例を挙げるならばソーのハンマーであるムジョルニア。その成り立ちに関する設定などはしっかり存在していますが、雷を自由自在に召喚・吸収・放出、ご主人様呼ぶ所どこでも駆け付ける、高潔な者しか持ち上げられないなど、僕ら地球人からすればどう見ても魔法そのものです。

また、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』のオマケシーンに初登場し、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』で活躍したワンダ・マキシモフは、作中では呼ばれないものの「スカーレット・ウィッチ」という名前を持っています。また、その力は赤いエネルギーを操って、人に幻を見せたり、物体を動かしたり、エネルギー自体を攻守に使えるというのですから、れっきとした魔法です。

よって、あれだけワンダが暴れまわった後なので、同じ魔法使いとして続くドクター・ストレンジはどのように差別化を図るのだろう……というのが公開前の懸念でした。

 

ワンダと、ストレンジたちカマー・タージの魔術師たちの魔法の根本は、エネルギーを操るという点です。ここは共通しているのですね。

ワンダは6つのインフィニティ・ストーンの一つ、マインド・ストーンによって体に備わったエネルギーを、自分の意志で自由に使います。一方で、カマー・タージの魔術師たちは、異次元から引き出したエネルギーを操る、と説明されています。

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視覚的には、ワンダは赤い流動的なエネルギーを使っていますが、魔術師たちは手先から火花が散る直線的なオレンジ色のエネルギーを、様々な決められた形にして使っています。ワンダはある意味独学で自由に魔法を使っている一方で、ストレンジは既に確立された方法に従い、効率的に魔法を使っているわけですね。

MCUは、ドクター・ストレンジが持ち込んだ魔法を「異次元から引き出したエネルギーによるもの」、と説明をつけたわけです。たとえば物理学では、アイザック・ニュートンをはじめとした物理学者たちによって、自然界の運動法則が様々な公式としてまとめらました。そのおかげで、高層ビルにいても、窓から落としたボールが地表につくまでの時間を知るだけで、自分が今いるおおよその高さがわかるのです。MCUでは文明の始まりと共に、アガモットという人物が異次元からエネルギーを引き出す方法を発見し、魔術として確立したようです。従って、ワンダと違う直線的なエネルギー、魔法陣といった表現は、引き出したエネルギーを最大限効率的に使う方法が確立・マニュアル化された事を表しているのだと思います。残念ながら、どうやったら異次元からエネルギーが引き出せるのか、という方法は観客には明かされませんが……(´・ω・`)

また、ストレンジが初めてカマー・タージを訪れた際、彼はエンシェント・ワンに向かって「信念の力、などというものは信じない」「我々は全部物質からできている」と典型的な、西洋的な思想をぶちまけています。確かに、歴史を参照すると医学などに関しては東洋より西洋の方が発展していました。医療に関しては、西洋は肉体に根差した直接的な方法を見つけ、東洋は精神を主とする(一見)間接的な方法です。言い換えれば、ストレンジがエンシェント・ワンに向かって文句をまくしたてる場面は、「西洋vs東洋」=「物質vs精神」という争いの比喩でもあった、ととれますね。

現実でも、僕らは生まれた時から「地球は丸く、太陽の周りをまわっている」「人間は脳で考え、心臓が体を動かす」といった、科学に基づいた(西洋的な)知識を与えられて育ちます。その一方で、(東洋的な)精神に関する話は、宗教にでも入らない限り「魂は存在する」などという教えは受けません。なぜならそれらは目には見えない世界であり、現在の科学では十分な立証が得られていないからです(それでも最近は、「平行世界」や「意思が体に与える影響」といった目に見えない世界の研究が盛んで、様々な成果が上がりつつあります)。

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(↑このシーンは、エンシェント・ワンがストレンジに留まらずに、観客にも向かって「目ざめよ」と説くメタ的なシーンともとれます)

したがって、あの場面のストレンジはこの世界で育った僕ら現代人の代表ともいえるでしょう。その後、彼はまずアストラル次元へとたたき出され、その後様々な次元を巡るツアーや、魔術の数々を学んでいきます。実際に目には見えない摩訶不思議な世界や概念の数々を見せられ、それを受け入れて学んでいくストレンジの姿は、僕らが魔法の世界へ入っていく案内人の役も務めているのです。

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外科医=理系(そして僕らと同じ一般人)だったストレンジが、自分の理解を超えた世界を学び、修行して魔術を少しずつ身に着けていく一連の修行のシーンは、『ドクター・ストレンジ』でも特にお気に入りシーンの一つです。

 

 

 

さて、ここで『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』を参照してみましょう。

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ここで紹介したシーンは、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』の特徴が特によく表れている場面です。特に真ん中のシーンがそうですが、手持ちカメラによる臨場感あふれるカメラワーク、紺色や灰色が中心のモノトーンな色調、現代社会をキャラクターが動き回るリアルさ、それらを理解したヘンリー・ジャックマンによる音楽 などの要素が合わさり、非常にリアルで緊張が張り詰めるような雰囲気を醸し出しています(実際に本編を少しでも観てみるとわかりやすいと思います)。

一級品のサスペンスのようで、現代社会を動き回る『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』。

 

 

それを観た後に、『ドクター・ストレンジ』を観てみましょう。

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キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』で描かれた、僕らが今生きている現代社会の向こう側には、こんなに不思議で壮大過ぎる世界が広がっている……この対照性や拡張性が楽しめるのも、MCUならではなのです。 

 

 

 

その他色々

 本作『ドクター・ストレンジ』の監督を務めたスコット・デリクソン氏は、ドクター・ストレンジというコミックの大ファンだったそうです。マーベル・スタジオにおいて、『ドクター・ストレンジ』製作の話が持ち上がった時に、何としてでも本作を監督したかった彼は、下記のような苦労をしたそうです↓

この熱意には、いやはや息を漏らすしかありません。彼がそこまでして実現したかった世界が本作である、ということを知ると今度観るときにまた違った楽しみがあります。

 

ドクター・ストレンジ』は大好きですが、決して100点満点の映画ではないと思います。空間を万華鏡のごとくガラガラ好き放題に変形させる映像を使う本作は、確かに個人の好みがわかれるところではあります。そんな中で、本作に対する批評をいくつかとりあげたいと思います。

「アクションがいまいち」……これは僕もそうだと思います。パッと浮かんだのが、NYのサンクタムのvsカエシリウス戦で、ドタドタと壁を走り回る様子にどんくささを感じ、アクションの動きには目覚ましいものはないと思います。ここは、次回作ではアクション担当の監督を増やし、スコット・デリクソンが盛り込みたい要素について話し合いつつ、まだまだ改善の余地はあるなと思いました。

ドルマムゥのデザインが期待外れ」……予告編では存在が伏せられていたため、実際に本編を観た方にとってはサプライズのラスボスだったことでしょう。強大な力と底なしの欲望を秘めた凶悪な存在であり、その姿は異次元に浮かぶ巨大な顔……しかし、目が大きく、ストレンジの術中にまんまとはまる、といった強いわりにどこか抜けている感じが何ともマスコットキャラクター的です。ここで、ドルマムゥのコンセプト・アートをご紹介しておきますね。

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神秘性と重圧を兼ね備えた人ならざる存在……といった不気味なデザインばかりです(それでいて芸術作品のごとく美しい)。

ここで、僕はドルマムゥはあれだけ強大な力を持っているのだから姿を変えるくらい容易いだろう、という解釈をしました。

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恐らく、時代を超えて(ドルマムゥは時間には支配されないものの)あるいは気分によってコンセプト・アートのような姿をとることもあったものの、いよいよ本腰を据えて地球侵略に乗り出した際は、劇中で観ることができたあの巨大な顔の姿をとった、ということです。ちなみに、ドルマムゥの顔の動きとセリフの一部は、ストレンジを演じるベネディクト・カンバーバッチモーション・キャプチャーなどを使って演じていたそうですが……また考察が膨らみそうな、興味深い情報です。

 

今回は作品の構成として、非常にまとまっているといいますか、「お手本」とも言うべきキレイさです。これこれこんな主人公が事情あって挫折して、そんな中で偶然から不思議な世界へ行き、次第にヒーローとして目覚めていく……という、言い方によっては「順調にヒーローになっていく」ストーリーなんですね。たしかにキレイなまとまり方をしているので、もっとこんなシーンを入れてほしかったという意見が出るのも不思議ではありません。

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しかし、僕はその構成含めて本作『ドクター・ストレンジ』の魅力だと思います。先に書いたように、スティーブン・ストレンジは現実の向こう側へ行く際の、僕らの案内人です。ならばこの作品自体が、今まで知り得なかったMCUの奇妙(ストレンジ)な世界への入門書、と言えるでしょう。また、摩訶不思議な描写や圧倒的な映像を実現できることは証明できたので、更にそれを発展……もしくはまた別の側面を見せてもらいたいです(漠然としていますね……)。原作コミックにはまだまだ映像化すべき面白いアイディアやストーリーが詰まっているはずですから。まさに優等生というか映画のお手本のような構成含めて、僕は本作が入門書もしくは教科書だなぁと思うのです。

 

最後に、お時間ある方は↓の感想も読んでみてはいかがでしょう?

ドクター・ストレンジ』を「合法ドラッグ」「四次元」と表現する文才溢れる(羨ましい)レビュー記事です。まだ『ドクター・ストレンジ』を一度しか見ていない、または未だそこまで好きではない、という方は上記のレビューを読んでみてはいかがでしょうか?まるでグルメ記事のようであり、作中の虹色の世界のごとく様々な言葉を使った上記のレビューは、また『ドクター・ストレンジ』が観たくなると思います。それで観直しているうちに本作のことがより好きになっていただければ幸いです(*´ω`*)

 

 

『ドクターストレンジ』が切り開いた可能性とは

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ドクター・ストレンジ』では恐らくMCU史上初の「異次元」という概念がもたらされました。今まで『マイティ・ソー』シリーズや『アベンジャーズ』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』などで、地球から遠く離れた宇宙についてが描かれてきました。しかし、そのどれもは「一つの宇宙=世界」にとどまっています。よって、「異次元=異なる世界」という概念は、これまでの宇宙の概念をも超える大きいものなのです

MCUでは、「アース」という概念が取り入れられています。原作コミック、MCU以外のマーベル実写映画、ドラマ、そしてこのMCUも、それぞれ一つの平行世界という体がとられています。

ドクター・ストレンジ』では、無限の平行世界が存在するということを「マルチ・バース(多元宇宙)」と呼び、ミラー次元、アストラル次元、暗黒次元などが描かれました。ここで、MCUはマーベル・シネマティック・ユニバースと、一つの次元という名前です。よって、このマルチ・バースという多(次)元宇宙に、MCUも含まれるでしょう。

敢えて再度記述しますと、マーベルが創り出す多元宇宙の中には、原作コミック・MCU以外のマーベル実写映画・ドラマ・MCU・ミラー次元・アストラル次元・暗黒次元……とまさしく「無数の」平行世界が存在していることになります。ドクター・ストレンジ』は、MCUが異次元の存在に初めて踏み込んだ、ともいえる作品なのです。

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作中の描写を観る限り、スリングリングというどこでもドアによって、どんな場所にもすぐに行け、異次元への出入りすらも可能なようです。

今は不可能ですが、例えばX-MENといった権利上クロスオーバーがまだできないマーベル・ヒーローたちとも、製作会社間に何か大きく変化があれば。ドクター・ストレンジX-MEN達を連れてくる、という展開があるかも……?

 

 

 

 

以上、『ドクター・ストレンジ』の感想でした。

初見の際は「まぁ、映像はすごかったよね」という素っ気ない感想だったものの、MCUにおけるドクター・ストレンジの能力や立ち位置、その意味を後から冷静に考えてみると、非常に重要であることがわかりました。確かに単品映画の完成度としてはぶっちぎりで優秀……とまではいかずとも、ヒーローのオリジンとして十分楽しめました(個人的には『アイアンマン』と同じくらい)。

しかし、映画としての完成度とどれくらい好きか、というのは別物であり、僕は今作が大好きですし、だからとても楽しむことができます。『ドクター・ストレンジ』は教科書であり、僕はこれから何度でも読み返していきたい、と思うのです。

 

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marvel.disney.co.jp

 

『パワーレンジャー』感想 ~~最高の仲間を、ドラマをありがとう~~

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今回は7月15日に公開された『パワーレンジャー』についての感想なのですが、その前に僕の思い出メインの前置きを書かせてください。

 

東映のヒーローは、僕の最初で最高のヒーローなんです

今でこそ趣味は映画観賞、特に最近はアメコミ映画やスターウォーズといったシリーズにドはまりしている僕ですが……「その原点って何だろう」と考えてみると、幼少期から見てきたスーパー戦隊仮面ライダーといった、日本発祥の東映の特撮ヒーローなんですね。

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まだ小さかったので、細かくストーリーや映像のレベルといったところまではよくわかっていなかったのものの、とにかく「かっこいいなぁ」から始まるあこがれや興奮を覚えていました。僕が見ていた作品は、

スーパー戦隊

・『百獣戦隊ガオレンジャー

・『忍風戦隊ハリケンジャー

・『爆竜戦隊アバレンジャー

・『特捜戦隊デカレンジャー

・『魔法戦隊マジレンジャー

・『轟轟戦隊ボウケンジャー

・『炎神戦隊ゴウオンジャー』

・『侍戦隊シンケンジャー

・『天装戦隊ゴセイジャー

・『海賊戦隊ゴウカイジャー』

仮面ライダー

・『仮面ライダーブレイド

・『仮面ライダー電王

・『仮面ライダーキバ

・『仮面ライダーディケイド

・『仮面ライダーW

・『仮面ライダーオーズ

・『仮面ライダーフォーゼ

・『仮面ライダーウィザード

・『仮面ライダーTHE FIRST』,『仮面ライダーTHE NEXT』

ですね。これらに加えて、スーパー戦隊だと『VSシリーズ』といった2つの戦隊のクロスオーバーもの、仮面ライダーはTVシリーズは未視聴ながら、劇場版なら見たことあるものもたくさんあります(平成ライダーシリーズってTVシリーズから独立したパラレル作品が多いんですよね)。

こうして列挙してみると本当に膨大な数を観ていたんだなぁと自分でびっくりです!

多分、未だにここに挙がっているすべてのヒーローの変身の動きは完ぺきに再現できます(`・ω・´)

それほど、東映のヒーローに関しては思い入れが強く、大好きなシリーズだったわけです。今回は『パワーレンジャー』についてなので、スーパー戦隊に注目していきますが……

いつごろからか東映のヒーローから卒業し、何気なくレンタルビデオ店で借りた『アイアンマン』から洋画にはまっていったのですが、時々ふと東映のヒーローについて思い出したりし、いくつかお気に入りのもののDVDを再生して見直したりします。ある程度当時から成長して大人になり、やはり「ここはチャチだなぁ」「CGのクオリティが……」「役者の演技が……」と洋画で鍛えらえれたこともあり、まだ小さかった頃は全く気にならなかったところが色々目に着くようになりました。しかし、だからといって日本の作る番組や映画のクオリティが低いというわけではないと思います。文面化された設定を読んでいると、けっこう面白い発想やヒネリが満載で、むしろハリウッド以上にアイデアは素晴らしいのではないかと思いますね。

一概に比較できるものではありませんが、日本とアメリカで何が違うかと言えば、一つは予算でしょうか。至極単純な発想ですが、せめてもう少し予算があればビームなどのCG技術を補正するだけでグッとクオリティはアップするよなぁ、と思ったりします。特に超が付くほどの多額の予算を与えられた割にはつまらなかった洋画の超大作を観た時には、「その予算を1/10で良いから東映に流してくれ……」と思ったりもしました。恐らく予算以外にも、製作側の日本的なシステムにも様々な制約があるのでしょうが……

とにかく、スーパー戦隊などの日本のヒーローはその本質が優れていることは間違いないです。なぜなら、そのスーパー戦隊をアメリカでリメイクした『パワーレンジャーシリーズ』の大ヒットがそれを証明しているからです。

 

パワーレンジャーについても少々

パワーレンジャーとは、スーパー戦隊を原作にしたシリーズといっても過言ではないでしょう。ドラマ・パートを様々な人種で撮り直し、変身シーンのCGは新たに作られ、アクション・シーンはより派手に、オリジナルの要素まで付け加えられるなど、様々な面で「あっちの国」の観客受けするように進化しています。最も、街で巨大化した敵と戦隊のロボが戦うシーンはさすがに日本のものを流用していたそうですが……

今や様々な国々でヒットしており、日本で生まれたヒーローは世界中の人々の楽しめるほど優れている、と捉えて良いでしょう。ちなみに、機会あって『ハリケンジャー』から『ボウケンジャー』までの4作品を原作にしたシリーズを一部見たことがあるのですが、確かにクオリティがすごいんですよ。爆発やビームなどの特殊効果はより派手に丁寧に、アクションもキレがあり、オリジナルのレッド専用バトルアーマーもカッコよく、とにかく日本版で不満だった映像面が完璧なまでに改善されており、「悔しいけど、かっこいい……」という具合でした。

そもそも東映のヒーローというのは基本的に子供たち向けなので、卒業した人間は対象外ですよね。それでも、卒業した人間である僕は、「かつて自分を興奮させ、夢躍らせてくれたアツいヒーローたちを、僕ら卒業した人間たちが十分満足できるレベルで観たい」という願望を抱くこととなりました。それは、大量の資金投入で集めた優れた人材によるたハイクオリティな東映ヒーローの映画を観たいということでもあります。

 

 

そして、それがようやくかなったのが本作『パワー・レンジャー』ということなのです。原作になっているシリーズはあるものの、高校生5人が主役であり、よりシリアス、より洗練された本気の一本ということで前々から楽しみにしていたのです。

それをようやく観てきたので、今回はそれを感想にまとめてみました。待ちきれないのでここで書いてしまいますが、これは傑作ですBlu-rayの予約が始まれば即刻でAmazonの購入ボタンをポチりますし、家に届いた日には吹き替え・字幕と何度でも見返したいです。

 

レンジャーである前に、彼は5人の「高校生」

本編が終わり、劇場から出ると胸に感じるのは「物足りない」という感覚。しかし、人間ドラマのパートは十分すぎるほど丁寧に、充実していたし、スーツやメカもハリウッドが本気出しただけあって(超)かっこいい。もう映像面では文句のつけようがありません。それでは、なぜそんな感情が湧くのか?

冷静に振り返ってみると、肝心の変身シーンが映画で言うと終盤のシーンなんですね。極端なことを言うと、変身、ザコ敵を倒し、巨大化した敵と戦い、新たに戦う決意を胸にする_______というのがラスト15分。そこに至るまでは、メンバーの5人の群像劇なわけです。

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スーパー戦隊のお約束を理解した身であり、プロモーションもかっこいいスーツやロボを前面に押し出したものであったので……そうなるとやはりいつも日曜の朝に見ていた5人一斉に「変身!」と叫んでスーツを装着、各々の戦闘スタイルでザコ敵をかっこよく片付け、最後は必殺技を叫んでキメる……という感じのケレン味あふれる展開を予想して劇場に向かいます。特に、近年のアメコミ映画などでもそうなように、アクションが充実したものを期待していくと、その期待は外れたように感じるのが本作でしょう

しかし、1日2日と時間がたってみると、今度は「もう一度、観に行きたい」という感情が胸にわいてきます。その源流をたどると、「もう一度、あの5人に遭いたい」という感情なんです。

 

 主人公は5人の高校生たち。

「5人の高校生が主人公で~」や「高校生たちの青春ドラマが~」といった文句を聞くと、何となく頭の中で「あ、高校生の学園(青春)ドラマなんだ」と勝手に像を作り上げ、見に行く気が特に起きない、という方もいるのではないでしょうか?上記の文句は確かに合って入るのですが、まだまだ本作の魅力が伝わらない言い方であると思うのです。それを熱く、語りたいと思います。以下、5人の主人公について僕なりに紹介をしていきますね

 

レッドレンジャー

今回、レンジャー(=チーム)のリーダーであるレッドを務めるのはジェイソン・スコット。アメフトで名プレイヤーだった彼は、体格が良く、力強い頼りになるキャラクターです。f:id:the-Writer:20170723204300j:plain

しかし、その溢れんばかりのエネルギーを持て余し、バカをやらかして、スターとして約束された将来をパーにしてしまいます。そのことを父親から責められますが……本人もその感情が何でどこからくるのか、本人なりに悶々と悩んでいる様子です。しかし、根はまっすぐで正義感溢れるキャラクターなのです。

ピンクレンジャー

チアリーディング部に所属し、友達もいて顔も美人、彼氏もいて高校生活を思いっきり満喫していたキンバリー。

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しかし、人間関係のこじれなどによるSNS上のトラブルもあり、所属していたグループからはじき出されてしまいました。人間関係の変化で居場所を失い、自分のやってしまった行動に悩み、その航海の仕方などが非常に高校生らしいといえるでしょう。そんな彼女も、根はまっすぐで大胆な人物です。

ブルーレンジャー

ビリーは幼いころに父親を亡くしており、今も恋しく思っています。その上に、自閉症スペクトラムを患っているのです。それゆえの特異な行動やおとなしさをネタにされ、学校ではイジメに合っていますが……

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しかしその学習・記憶能力はずば抜けています。また、彼の内面は繊細で優しく、素直という「純粋」そのものであり、チームではジョーク担当その1だったり。彼の存在が、周りの人間を和ませているのは間違いないのです。

ブラックレンジャー

ザックは不登校気味なアウトローで、今回の5人の中でも特に集団から外れがちな一匹狼で、恐れ知らずです。

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しかし、彼の母は病気で寝込んでおり、彼の何よりの恐れは愛する母を失う事。実は非常に家族思いであり、キンバリーとはまた別の形で、彼もまた居場所を必要とする人間なのです。打ち解けてくると、彼はビリーに続くジョーク担当その2となります。

イエローレンジャー

トリニーは親の都合でよく町から町へ引っ越したりする転校生です。

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実は同性愛者でもあるトリニー。しかしながらそれを両親に全く理解してもらえず、特に母親の方はトリニーに接する時はヒステリー寸前の、完全な「独親」状態です。高校生は繊細な時期でもあるので、彼女は何となくふさぎ込みがちで、皮肉っぽい一面も持ちます。そんな彼女が、偶然夜の鉱山に立ち入った時、物語が動き出します。

 

さてさて、レンジャーの面々を僕なりに紹介してみましたが、人生全てが順調で何の問題もないというわけではなく、何かしらの問題や欠点を抱え、それに悩みつつも日々を悶々と過ごす5人の高校生たちの姿。それは非常に説得力を持って、海を越えてはるかかなたの日本に住む僕らの胸に訴えかけてきます。

 

↑こちらの監督へのインタビューによれば、

私が”大人になる”物語が何故好きなのかというと、高校生やティーン・エイジャーにとって、世の中の全てが重要な出来事だからです。大きいものはすごく大きく感じましたよね。人生の中でもすごくエクストリームだった時期にいるキャラクターたちが成長していく、という物語が良いと思ったのです。

そうして僕らは、彼らに感情移入していくのです。思春期真っただ中の高校生は、「勉強も、部活も、恋も!青春してるぜー!」というキレイで充実したもの……

というよりはむしろもっと、言い知れぬ不満や不安に対する見つからない答えを求めて、自分の中の泥沼でもがく時期だと思うんですね(僕もそうでした)。コントロールできない感情、SNSでやたらと気を遣う人間関係、他人とうまくコミュニケーションが取れない、親とのすれ違いや葛藤、自分の悩みを理解してもらえない苦しみ、出口が見つからない孤独……僕が今回「高校生」と称するのはそんな子供から大人への過渡期の真っただ中(アルファ5の説明通り)で、様々な悩みを抱える人間の事です。

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少なくとも似たような経験をしたことがあれば、気付けば彼らと同じ目線で冒険をし、応援している自分に気付くのではないでしょうか。恐らく、現役高校生の方、あるいは高校生を卒業した方が見れば胸を打つものがあるはずです。そしてそれは、丁度「一度東映のヒーローを卒業した世代」とガッツリあっているのではないか、とも思います。そういう彼らに感情移入するからこそ、彼らのキャラクターが好きになり、彼らが結集していく過程をもっとじっくり観ていたくなり、彼らの高校生らしいジョークを交えた軽い会話が楽しくてたまらないのです。

 

また、それぞれ違う問題を抱える彼らには決して悪いことばかりではありません。

f:id:the-Writer:20170724101852p:plainコインに選ばれ、異常な力を有しているという秘密の共有、毎日学校が終わるとみんなで秘密のトレーニング、たまには一緒に遊んだりもするし、「バンド(=チーム)を組もうよ」という手紙を授業中にコッソリ回す、夜にみんなでたき火を囲んでおしゃべりをする……など、高校生ならではの遊びや興奮も見ていて楽しいです。

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本作は、「ティーンエイジ映画」と言って間違いないでしょう。本作がターゲットとしているであろう高校生以上の年齢層に対して、一度は通ったリアルな高校生の葛藤を描き出すことで、ハートをガッチリつかむというわけです。よって、僕はこれは「ティーンエイジ映画」であり、それを「一つの戦隊のオリジンストーリー」として描いたのだ思います。

 

本当の友情、信頼、絆

今作『パワーレンジャー』ではクライマックスとして据えられ、彼らの大きな目標として設定されているのが「変身」。基本的に、日本の毎週日曜の朝の30分番組では、メンバーそれぞれが変身ガジェットを持って、全員でタイミングを合わせて「変身!」と叫び、ガジェットを起動させて完了のシークエンス。

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(↑スーパー戦隊30周年記念作品『轟轟戦隊ボウケンジャー』より。お気に入りです)

 

夜の鉱山という偶然同じ場所にいた5人が、警備隊に見つかり、車で逃走を図るシーン。列車が迫る中、踏切を突っ切ろうとして容赦なく車ごと列車ごと吹き飛ばされたその時!彼らがそれぞれ手にしたコインが起動、彼らを守るために変身……しません。

その後、5人で宇宙船を見つけて中にいたロボットのアルファ5や、先代のレンジャーであるゾードンから説明を受け、グリッドに立つシーン。グリッドが起動し、ついに変身してスーツを……まといません。

ピットという名前の屋外で、岩でできた大柄のザコ敵と熾烈な訓練を繰り広げ、そのたびにグリッドに立ち、あれこれ方法を変えても変身……しないのです!

これが、「全員で真に心を合わせなければいけない」というかなりハードルが高い目標として設定され、5人は試行錯誤しながらもヒーローのスーツが出現させようと頑張ります。毎日大変なトレーニングを一緒に潜り抜けていくうちに、腕前が上達していく様子や、仲を深めていく様子は見ていてほほえましいですね。

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ある日、ジェイソンが勝手な行動をとったザックとのケンカで、ビリーが仲裁に入ったその時!ビリーにはスーツが装着されていました。しかし、それもつかの間、ビリーの体から砂のごとくサラサラと消えて行ってしまいました。

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それからはゾードンから「もう今日は出ていけ」と半ば追い出されて訓練を終えた5人。その日はザックのトレーラー・ハウスの近くでたき火をし、夜を明かすことにします。

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何とかより仲を深めようと、改めて「自己紹介」をしていく彼ら。高校生ならではの良い雰囲気ですね。

 

しかしストーリーは進み、トリニーの家に敵であるリタが襲撃をかけてから、夜に5人で集合をかけ、最終的にリタに戦いを挑むことにします。f:id:the-Writer:20170724101443p:plain

そして……ビリーが犠牲になってしまいました。未熟な力で敵に挑み、更に本当に命を落とすとは、日曜の朝にはとてもできないような非常にリアルでハードな展開です。

友達を失うことにより、彼らは真に「仲間を心の底から思いやる」「自分を犠牲にしてでも仲間を守る」気持ちを知るのです。僕はこの最初は寄せ集めともいえるメンバーが本当の友情や絆を築いていく過程が大好きでして。

 

アメリカと違い、日本の学校には「クラス」という概念が存在します。突然見知らぬ他の何十人の同級生と一緒に狭い教室に押し込められ、そして言葉は悪いですけど「みんな仲良く」を強要されますよね。クラス目標を作らされ、自己紹介をやらされ、体育祭や文化祭といった行事。「みんなで協力して」というのが暗黙の了解です。しかし、何十人も人間が要れば何十通りの考えがあるので、仲良くなれる人もいれば、どうしても相容れない人もいて。狭い教室で、決められたメンバーで1年間過ごせというのだから、これは大変です。自分の居場所を確保するためにグループが出来、「空気を読む」ということを覚えるのです。しかし、大抵のそのような関係は居場所を確保するためだけの、表層上のうすっぺらいつるみであり、本当に心の底から信頼できる「友」というのは数えるくらいしか存在しないというのが現実ではないでしょうか?

それを経験した方々の中には、『パワーレンジャー』を見ると、なぜか胸が熱くなり、感動した方もいるのではないでしょうか?なぜなら彼らは本物の絆や友情を築き上げたからです。

 

そもそも、宇宙船に初めて入った後、変身に失敗し、先に出ていった4人にジェイソンが語り掛けるシーン。「これに対する答えが、あそこにある。俺は君たちには強制することはできない。けど、明日の4時、俺はここに戻ってくる」すると、5人はまたまた集まることになり、一緒に特訓を受けることになります。あそこで、「あれは夢だったんだ」「こんな大事は、他の連中に任せておけばいい」と逃げてもよかったのに、彼らは1人1人、自分の意志で戻ってきたのです。そして、訓練を過ごす日々で絆を深めビリーを失った後、彼らはそれをきっかけに本当に一つになることができたのです

 

f:id:the-Writer:20170724103053p:plainそれが、特別にビリーが蘇生し、グリッドに立った5人の体をジワジワとスーツが体を包んでいくシーンに繋がります。このジワジワとジックリ時間をかけてくれるあたり、これまでの紆余曲折を静かに高まっていく興奮に昇華させてくれる「カタルシス」ではないでしょうか。

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5人が横一列に並んで登場するシーンは、最高にアツい名場面でしょう。ブライアン・タイラーによる確かなバックグラウンドの演奏と現代的でかっこいい主旋律が融合して、気分をさらに盛り上げてくれます。お約束通りレッドが中心にいますが、別に誰が主役で目立っている、ということを気にする必要はないでしょう。彼らは自分を理解して、真に仲間たちを信頼し、自分の身を預けられることを知っているので、彼ら一人一人が主役なのです。

 

一方で6500万年前、仲間の1人であるグリーンレンジャー=リタが裏切り、まさかの全滅に追い込まれたゾードンのチーム。オープニングから早速レッドレンジャー=ゾードンのみがまだボロボロで生き残っている、というピンチの状況でしたが。

なぜそんな事態となってしまったのか?それは、本編中の示唆的な描写から推測できます。あるシーンでは、リタがトリニーに「私も昔は、今のあなたみたいに純真だった」「けどチームの中では浮いていた」と語り掛けています。また、別のシーンではゾードンが、ジェイソン達5人の変身はあくまで自分の復活のためという趣旨の発言や、「期待していたのと違う」「私にチームを導かせろ」と言ったり、何となくジェイソン達を信頼していない節が見受けられます。

よって、ゾードンのチームには信頼関係が足りなかったのでは?と思うのですね。

「ゾードンの隊は数あるチームのうち、地球を守る担当だった」と説明されているとおり、宇宙にはたくさんのチームが存在しており、ゾードンのチームはその一つであるとされています。しかしそれだけレンジャーが存在するならば、

大量に存在するチームはそれぞれの担当区分を割り当てられる→組織的、業務的になってしまう→メンバーはあくまで仕事仲間であり、本物の友ではない という図式が出来上がってしまいます。f:id:the-Writer:20170724105234p:plainf:id:the-Writer:20170724105245p:plain

あくまで仕事仲間であったゾードンのチームはリタに敗北し、本物の仲間であり友となったジェイソンのレンジャーはリタに勝利を収めました。さらに言えば、仲間であった期間はゾードンの方が長かったはずなのに、です。

この勝敗を分けたのは、絆といった本物のつながりの有無ではないでしょうか?

 

 

 

本作について他にも思う事

非常にリアル

パワーレンジャーの設定や・エイリアンの文明・人間模様・ストーリーの展開など、基本的にこの作品のベクトルは「リアルさ」を突き詰めていると感じました。「バトルが物足りない」「肉弾戦が少なく、すぐロボット戦に移ってしまう」などの意見も結構上がっており、実際それは正しいと思います。

しかし、好意的に捉えるならば、敵側は「ザコ敵」でレンジャーたちを足止めしている隙に、より強力な「巨大化した敵」で目的達成に動く……といった流れは戦略的である、と言えるのではないでしょうか?f:id:the-Writer:20170725113336j:plain日曜朝8時の番組で、「なんで(敵は)最初から巨大化して戦隊をつぶさないの?」という大人げない感想を、実際に脚本に落とし込んできた、と僕は解釈したいです。個人的には、何とかレンジャー達が個々のゾードに乗り込むものの、メガゾードへの合体を発動させることができずに、ゴールダーに対してただひたすらビーム(?)をバンバン打ちまくるしかない、というのはリアルだと思いました。


キャラクター達を極限まで掘り下げて魅力的に描いたキャラクター主体

これは先ほどまでズラッと書いて語ってきたことではありますが!これほどまでに丁寧に、静かにアツく登場人物たちを感情移入できるよう、魅力的に描き出した本作。上記の「バトルが物足りない」というのは、確かにヒーロー映画としては致命的かもしれません(あぁ、今作が好きなだけにこんな事を書くだけで辛い)。

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しかし、その点も「リアルな流れを重視したんだろう」という解釈をしてでも受け入れるならば、今作は極限までヒーローのオリジンを掘り下げた、ヒーロー映画の新たなる金字塔、と僕は断言します!近年、MARVELやDCが次々と繰り出すハイクオリティなスーパーヒーロー映画に対して、このアプローチは新鮮でかつ変化球でもあるでしょう。彼らの変身にいたるまでの部分は、冷静に見直してみると本当にテンポよく、そして楽しく進んでいて、「ティーンエイジ映画」として非常に面白いです。

監督も述べていましたが、彼ら5人の誰かしらには感情移入できる……つまり、地に足が付いたキャラクターである彼らは僕ら観客の憧れで、代表で、友達なのです。


壮大なスケールと映像でありながら、実にパーソナルな物語

観た方ならわかる通り、デザインやサウンドもとても優れており、設定もしっかり作りこまれているので、「もしもこの現実にエイリアンのテクノロジーが埋もれていたら……?」と現実世界と地続きになっている世界観に、難なく入り込むことができるのです。本作は一応『恐竜戦隊ジュウレンジャー』→『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー』→『パワーレンジャー』と、以前の作品を原作にしてきているのですが、根幹となる設定は使いつつも、それを一から構成しなおして純粋な「パワーレンジャー」を創り出しているのも素晴らしいです。『ジュウレンジャー』は本当に「原作」であって、ほとんど別物と捉えていいかもしれません。

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また、「敵のリタがジオクリスタルを奪えば、地球上の全生命が死滅する」と突然壮大な世界や危機を聞かされれば、展開が早すぎてポカーンとあっけにとられるのは当然でしょう(実際に劇中の5人もなかなか信じなかった)。しかし、そんなあっけにとられるスケールのストーリーでありながら、その核にあるのは彼ら5人の中ではぐくまれる絆。非常に人間的で、ポジティブなものがこの映画の核なのです。この普遍的で重要な「人と人とのつながり」を、「壮大なスケール」で描き出す事こそ、本作の魅力ともいえるでしょう。



Twitterの反応も! #パワレン 

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待望の続編に向けて

パワーレンジャー』を観て大好きになった僕は、「もっとあの5人が観たい!」「続編が観たい!」と思いました。

僕なりに続編の情報をまとめてみましたが、

現在の所、続編は5本分企画されているそうですね!

2017年6月27日時点で、既に『パワーレンジャー2(仮)』の話し合いが行われているそうです(ただし今作の監督ディーン・イズラライトは参加していない)。

最も、それが本当に実現するかは全世界の興行収入にもよるのでしょうが……是非とも実現してほしいところです。

 

また『パワーレンジャー2(仮)』についてですが、まさかのポスト・クレジット・シーンが『パワーレンジャー』にもついていました!

 

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顔は見せないものの、緑色のジャケット・(恐らく)ドラゴンの刺繍・そして「トミー・オリバー」という名前……間違いなく、次作に6人目のレンジャーであるグリーンレンジャー(あるいはドラゴンレンジャー) 登場のティーザーですね!

 

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  • オープニングの6500万年前の映像に、一瞬ながらリタのレンジャー形態=グリーンレンジャーが登場している
  • リタがメガゾードに吹っ飛ばされる時にコインを持っていない=グリーンレンジャーのコインはエンジェル・グローブ内に未だ落ちている
  • 意味深に『パワーレンジャー』公式からグリーンレンジャーのヘルメットの15秒映像が公開された

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これらの事から、間違いなく次作にグリーンレンジャーは登場するでしょう。

 

原点である『ジュウレンジャー』『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー』では、ドラゴンレンジャーとはその色鮮やかなスーツに加えて金色の装甲をまとった追加戦士です。原典の特徴を引き継ぐならば、金色の追加装甲(これはリタの装備が純金の杖なことが伏線になる)・専用のダガーを持つ・専用のゾードを持つ ことは確実です。

 また、本来は男性のキャラクターですが、レッドレンジャーことジェイソンを演じるデイカー・モンゴメリーによると

「僕と多くのキャストで話し合い、グリーンレンジャーは女の子であるべきだという事になりました。3人の男の子、3人の女の子___これならバランスがとれます。まだ空白であり、わかりませんが。誰がそこに入ろうと、たとえ女の子であろうと、間違いなくドラマを創り出すことになります。そのドラマを作品に投入し、僕らがそれにどう関係していてどうやって取り組んでいくのかを観るのは興味深いでしょう」

 

なんと、原典を考えると多少ビックリではありますが、実写化において、特に今回は一からすべてを創り出した事を考えると、このようなヒネリも必要かもしれませんね。実際、MARVELの『ドクター・ストレンジ』では、主人公のストレンジの師匠にあたるキャラクターは、原作コミックでは男性だったのが実写化に際して女性に変更されています。

今回堅い関係を築き上げたこの5人に、追加の1人がどのように絡んできてどのような新しい「化学反応」を起こすのか。続編に関してはグリーンレンジャーについて考えるだけでも非常に楽しみです。また、ザコ敵との戦いで、もっと5人の息の合った連係プレー・レッドだけではない他の4人の専用武器・必殺技 など沢山観たいものがあります。製作陣に期待しましょう。

 

 

 

 

 

以上、『パワーレンジャー』について、思うことをすべて書いてみました。

とにかく僕は今作は傑作だと思いますし、とにかく大好きな一本です。

最後まで本記事を読んでくれた方には感謝いたします、どうもありがとうございましたm(_ _)m

そして、是非とももう一度だけ劇場に足を運んでほしいです!特にバトルシーンをメインに期待していた方は、「これはティーンエイジ映画なんだ」と思って観るとかなり楽しめるようになるのではないでしょうか?

 

最後に……パワーレンジャー』、最高でした!GO!GO! Power Rangers!

『オール・ユー・ニード・イズ・キル』ラストシーン考察~ケイジとオメガの「あるもの」の争奪戦~

SF映画ではもはや定番となりつつも、下手すると根幹をなす設定が破たんしかねない「タイム・トラベル」という題材。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』は「タイム・トラベル」をメインに、シンプルな描写とありそうでなかった斬新な展開で主人公ケイジの成長を描いた作品です。

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今回は、そんな作品のラストシーンの展開について。もしかすると本編未視聴の方がいるかもしれないので、未だここで具体的な展開は書きませんが……(未視聴の方は即刻で本ページを閉じ、財布を握って近所のTSUTAYAもしくはGEOに走りましょう)

あれは決してご都合主義のハッピー・エンドではなく、一度見ただけではわからないであろう理屈が背景にしっかりと構築されていると思いました。今回は、そんな考察を記事にまとめてみましたよ(しかしあのラスト・シーンに至るまでの理屈の思考に累計何時間費やしたことか……)

 

 

 『オール・ユー・ニード・イズ・キル』について復習

 

ここで『オール・ユー・ニード・イズ・キル』について知らない方のために簡単に説明をさせてもらいます。オール・ユー・ニード・イズ・キル』とは、桜坂洋先生が書いSFライトノベルAll you need is kill』を原作にした映画です。日本のSFライトノベルを実写化したものです(大事なことなので強調させてもらいました)。

 

あらすじ:外宇宙からの侵略者「ギタイ」の侵攻によって、人類は滅亡の危機に陥っていた。人類は国家間の垣根を超えた「統合防衛軍」を結成、兵士たちは「パワード・スーツ」を着用してギタイと壮絶な死闘を繰り広げる。そんな中、ギタイのせん滅作戦に強制参加させられた軍の報道官ウィリアム・ケイジは特別なギタイを殺し、その血をあびたことから「時間を巻き戻す能力」を手に入れる。彼はその能力で同じ一日を何回も生きることになるが、そんな中で驚愕の真実を……といった感じ。

 

この主人公を、ハリウッドの大スターであるトム・クルーズが演じるわけですが……最初は超ヘタレです。どんな姑息な手段を使ってでも戦場送りを免れようとし、初めての戦場ではモタモタと動き回ってあっけない死を迎えます。あのトム・クルーズが、彼のイメージに似合わない役による珍しい展開なんですよ!

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その後、「時間を巻き戻す能力」で死ぬたびに同じ一日をはじめから生きることになった彼。ひたすら戦場に出向いては死に、どうやったら死なないかという行動を頭に叩き込むハメになります。

いわゆる「ループもの」ながら、それを逆手にとった展開であり、ゲームのごとくセーブポイントからやり直すという行為を現実でやっているんですね。死んだ後いちいち最初から描いていたら尺が足りないですから、前回死んだところの直後からまたスタート、と編集のジェームズ・ハーバードさんがとても良い仕事をしており、飽きずにテンポよく映画を見進めることができます。f:id:the-Writer:20170614195034j:plain

途中で、ある事情から「重傷を負ったら、ループ能力を失わないために潔く死ぬ」というルールが追加されます。重症で「待って、まだ頑張れるから!ちょ、まっ」と這いつくばる主人公の頭に、戦友のリタが容赦なく銃弾をぶち込むのはもはやコメディ。

とはいえ、そんな中で文字通り何百回も戦場を潜り抜けてきた(そしてそのたびに死んでいる)主人公が、成長し、面構えや風格が最初のころから圧倒的に変わっていくのも見どころ。肉体そのものは初期からずっと変わっていないはずなのですが、中身が変わるとこうも変化が目に見えるのでしょうか……f:id:the-Writer:20170614200458j:plain(仲間たちが「アイツ本当に初戦か?」とあっけにとられるシーンはニヤリものです)

 

作品についてはこんなところでしょうか。

 

敵についても知る

次に、今回の敵であるギタイについての解説です。

ギタイ……地球外生命体であり、侵略生物。非常に俊敏・凶暴・協力、素人だと一瞬でその触手?で体を貫かれる。「体液(主に血液)を浴びると、ギタイとしての特性や能力が移る」という性質がある。

ドローン……オレンジ色の個体で「ザコ」ポジション……というものの、一体でもメチャメチャ強い。たった一体始末するのにかなりの労力(と犠牲)を要する。それこそ無限に湧いて出てくるからやっかいである。f:id:the-Writer:20170614195347j:plain

アルファ……ギタイの中でもレアな種であり、アルファが死ぬと後述のオメガが感知し、オメガの能力であるタイム・ループが自動的に発動する。

アルファの能力は「死ぬと時間が巻き戻る」と説明している人もいますが、僕は「死ぬと(オメガが自動的に)時間を巻き戻す」と思っています。

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オメガ……全ギタイのボスであり、唯一の頭脳。言い換えればオメガ以外のギタイは全てドローンである(アルファは不明瞭)。よってオメガはギタイ達を通して戦況を見、考え、指令を出している。たった一つしかない中枢のオメガの死=全ギタイの死である。「時間を巻き戻す能力」=「タイム・ループ能力」を持っている。これは上級ギタイのアルファが殺されると自動的に, あるいは自分の意志で発動する。これにより、ギタイは自分たちに不利な状況を幾度となく「なかったことにしてきた」と思われる。

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そして、問題のラストシーン。

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 ラスト:オメガを殺した後、ケイジはその血液を浴びた途端、今まで目覚めていたポイントより更に前のポイントで覚醒し、さらになぜかその時点でギタイが全滅していた……彼にとっては仲間たちも死なずに全員生きていることになり、恋仲にもなりかけたリタと何百回目あるいは何千回目の初対面を果たし、ケイジの笑顔で物語は幕を閉じる。

 

 以上、僕なりの本映画のおさらいでした。以降は、タイム・ループ能力の考察、そしてストーリーを追いながら考察を絡めていこうと思いますね。

 

 

タイム・ループ能力の再定義

タイム・ループ……オメガのみが持つ特殊能力。それはアルファ、もしくはオメガ自身の肉体が死ぬと自動的に時間を巻き戻す事。これにより、「これから○○すると失敗して死んじゃうから△△しよう」というゲームでしかできないような行為が、現実で可能となる。当然、タイム・ループしている本人以外は普通に時間を過ごしているので、タイム・ループが起こったことすら認識できない。

ここで、僕の解釈はループ能力とは「自分以外の世界全ての時間を巻き戻す」という壮大なモノではなく、「過去のある時点まで、自分の意識を転送する」というものです。ある時点とは、

①アルファが死亡した場合……アルファが目覚める時点 

②オメガが死亡した場合……オメガが目覚める時点

の2通りです。

ここで重要なのが、タイム・ループには「主導権」というものが存在すること。「主導権」を有していれば、タイム・ループをしてもそれまでの記憶をすべて保ったままでいられる。逆に「主導権」を有していなければ、前述の通りそもそもタイム・ループが起こったことすらわからず、ループによる介入になされるがまま……。

トーリーを追って解説

基本的に、この「主導権」はギタイ側が持っており、それによって統合連合軍との戦いで様々な失敗を数え切れないほど経験してきた事でしょう。失敗するたびにオメガはその経験を持ったまま過去に(自分が覚醒した時点まで)さかのぼり、戦局を幾度となく覆してきました。そして、オメガは最終的に連合軍を全滅させる罠を仕掛けることに成功します。

しかし、ここで想定外の事態!人間のケイジが、アルファを殺し、その血液を浴びたことにより、タイム・ループの「主導権」を得てしまいます。これにより、タイム・ループは彼の死によって自動的に発動され、「主導権」はギタイ側には無いため、オメガ側には、ループが自分たち以外の手によって起こっているという事すらもわからないのです。また、ケイジが死ぬたびに目を覚ますポイントは、なぜ手錠をかけられて基地で目を覚ますところなのか。アルファから能力を移されたことから、アルファが覚醒した時点に最も近い、自分が意識を取り戻した時だから、と思われます。

ただし、途中でなぜかオメガが人間側にタイム・ループの「主導権」が渡っていることに気付きます。これは、タイム・ループ自体はオメガが行っている、という事を考えると、おそらくタイム・ループはオメガの肉体に負担をかけるのだと思われます。人間で例えると、タイム・ループを行うたびに右足が筋肉痛になる、という具合でしょうか。

オメガは、自分が認識している限りはアルファすら死んでいないのに、なぜかタイム・ループによる疲労がたまっている事から、自分たちギタイ以外の何者かにより、ループの「主導権」を奪われていることに気付くのです。その人間にはギタイの特性も多少は移っていることから、「自分(=オメガ)がいる場所のヴィジョン」を見せることにします。しかしこれはウソのヴィジョンであり、実際はアルファとドローン等の部下を待ち伏せさせておいて、一旦人間を生け捕りにする算段です。血液を浴びると能力が移る、という特性から、生け捕りにしたケイジから血液を奪って能力と「主導権」を奪還するつもりだったと推測されます。

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しかし、実際にはケイジの機転により失敗。あろうことか、ギタイを研究して作ったメカにより、オメガの真の居場所を逆探知されてしまいます。なお、この後すったもんだあってケイジは輸血されることによってタイム・ループの能力を失い、絶対に失敗できない状況に追い込まれます。ケイジがループ能力を失う→「主導権」はギタイに戻ったことで、アルファやオメガを殺したとしても、こちらの動きを読まれて全滅に追い込まれるのは時間の問題だからです。

ケイジは戦友のリタ、半信半疑気味のJ分隊と共にルーブル美術館に殴り込みをかけます。最終的に、ケイジは水中でアルファに腹を刺されつつも、オメガの爆殺に成功。f:id:the-Writer:20170715182615j:plainなお、オメガは肉体がやられたのでタイム・ループが発動して意識が過去に転送、「主導権」も有しているのでこれで完全に万事休すかと思いきや……

ここでまたもや想定外の事態。水中故、流体であるオメガの血液がケイジに接触、まとわりつき、次の瞬間。ケイジはいつも目覚めていたポイントより前のポイントで目覚めます。この時、血液を浴びると能力が移る、というギタイの性質により、死を迎える直前にケイジは土壇場で「主導権」を獲得したと考えられます。

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オメガはだくだくと流血しつつ、過去に意識が転送されます。しかし、途中で「主導権」を奪われたことでその記憶や意識の引継ぎが打ち切られ、転送先である過去で完全なる死を迎えたのでしょう。一方でケイジは全ての記憶を保ったまま、オメガが覚醒した時点に一番近い、自分が覚醒する時点(それが映画冒頭でも描かれたヘリの中)で目覚めることとなります。前述の理屈で、オメガは死亡したのでそれに伴ってギタイは全滅、結果として仲間も全員生きているというハッピーエンドを迎えることとなったのです。

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続編(あるいは前日譚)についても少しだけ

オール・ユー・ニード・イズ・キル』はRotten Tomatoes(映画批評家たちによる評価をまとめたサイトで、辛口なことで有名)では、91%という高評価を得ている作品です。同じ時間を繰り返し生きる、手塚治虫の『火の鳥』でも描かれた呪いのような宿命を、観客を飽きさせずに着実にストーリーを進めていった今作。

続編の製作計画はすでに動き出しているようです。


・主演のトム・クルーズエミリー・ブラントは続投

・原題はLive Die Repeat and Repeat(一作目のキャッチコピーから発展したもの)

・一作目の監督を務めたダグ・リーマン曰く「続編であり、前日譚」「続編の作り方に革命を起こす」

・公開日は未定

 

 

 

 

元々本記事の執筆に至ったのも、「続編製作計画が始動した」というニュースと、ラストシーンで感じていた疑問が合わさったことによるものでした。その記事によって自分の中の理解もしっかりと固まったので、もう安心して続編を迎えられます……

以上、ハッピーエンドのラストシーンに至るまでの考察でした。

今後のラインナップ2

初めての方もずっと読んでくださっている方も、こんにちは、the-writerです。

一度「今後のラインナップ」として、書きたい内容をまとめた内容も、大体記事として書き終えたので、そろそろ次に書きたいものはなんだろうと思案した結果、以下のようなものを思いつきました。

 

・『トロン:レガシー』感想

・『トゥモローランド』感想

・『ドクター・ストレンジ』について語りたい

・『オール・ユー・ニード・イズ・キル』ラストシーンの考察

・『ターミネーター6』をやる前に、見つめなおしたいもの

・DCEU 3人のヒーローが導く新境地

 

また、上記の内容に含まれていませんが、コラムのようなカテゴリの新設を考えています。今のところ「〇〇のラウンジ」という方向性の名前を考えておりまして……既存の作品をメインに据えずに、純粋に僕の考えや思った事で構成される予定です。なので通常の考察などの記事よりも、よりプライベートな印象のものになると思います( ´Д`)y─┛

こうして今後の内容を文字にするのも、頭の中で悶々と考えあぐねるよりも、いつでも見られる形にしておくことで、冷静に見渡してまた新しい内容を考え付いたりするためです。

 

とはいえ、必ずこのような予定に沿って行くとは限らず、予定に含まれていなかった新しい記事が予定の記事より早くポッとアップされることもあるかもしれません……とはいえ、まったりと気まぐれに本ブログをやっていこうと思っていますので、よろしくお願いします。

それでは、今日の所はここまでということで( ・ω・)ノシ

日曜洋画劇場が似合いすぎる一本!『エイリアン2』感想

 

まだ現在ほどCG技術が発展していなかった時代、周りのセットはほとんど実際に組み立てられたものであり、音楽と相まって観る人には一種の懐かしさを感じさせる……『エイリアン2』はそれにまさに該当するような作品です。芸術性も併せ持ち、静かな恐怖を描いた『エイリアン』でしたが、その続編を今や『アバター』や『ターミネーター』などで有名なジェームズ・キャメロンが手掛けた結果、ただの焼き直しではない傑作が誕生したのです。今回は、僕がそんな『エイリアン2』に対して思う事をつらつらとまとめてみました。

 

あれから57年、リプリー

前作『エイリアン』(以降『1』と呼びます)にて、主人公リプリーは、ウェイランド・ユタニ社の陰謀により、ノストロモ号という巨大かつ密閉された空間で「絶望」と隣り合わせの決死の24時間を強いられることになりました。命からがら乗り込んだ脱出戦は予定通りならば6週間で地球に回収されるはずでしたが……f:id:the-Writer:20170630062528j:plainなんと57年間も宇宙を漂流したのちに回収されるという大きな番狂わせ。

また、『1』では前半は特にフォーカスされず、もはや「このヒゲモジャのダラス船長が主人公でしょ?え、違うの?」という目立たなさでした(あくまで個人の見解です)。

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そこから一転、待望の続編である今作ではリプリーは最初からバッチリ主人公しています。彼女が抱えたトラウマ、エイリアンや会社に対する憎しみ、娘を亡くした悲しみや後悔といった感情がよく掘り下げられているのです。とにかく生存のために「逃げる」がメインだったノストロモ号内から打って変わって、「ぶっ殺す」という攻めの姿勢に転じているのも見どころの一つですね。

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個性的なキャラクター達

「今度は戦争だ!!」というキャッチコピー(パワーワードともいう)に現れている通り、今回は辛うじてエイリアンを追い払う程度の道具に頼るしかない、という先が不安過ぎる状況とは違います。重火器をフル装備した屈強な海兵隊が挑む戦争アクションなのです。その海兵隊のメンバーはそれぞれキャラクターがしっかり設定されており、海兵隊の会話シーンはグダグダなどではなく、むしろ愉快なもので、彼らの日常やこれまでの信頼関係を感じさせてくれる不可欠なシーンです。

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クラスの先生アポーン軍曹、頼りがいがあり優しい一面もあるヒックス、「屈強」の名がふさわしいバスクェスと相棒のドレイク、お調子者のやかましいハドソン などなど……

個人的に好きなのはハドソンで、やはり軽口たたきまくるやつはムードを盛り上げてくれて笑わせてくれますよね。アポーン軍曹にいちいち呼び出し食らって怒られているあたり、完全にクラスの悪ガキと先生の関係です。

しかし、ハドソンの魅力はそこだけにとどまらず、本番はこれから始まるのです……エイリアン軍団との初交戦。

「アポーンはどこだぁ?!」「アアアアァァァァッッッ!!!(完全に巻き添えでエイリアンの返り血を浴びる)」「最高だよ、いうことねぇや、ゲームオーバーだメーン、ゲームオーバーなんだよぉ!!」

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そう、前半のお調子者はあくまで表面的に装っていたものであり、後半からハドソンのキャラクターも盛大に方向転換してヘタレと化すのです……

今作きっての愛されキャラ。
今作の弱音は大半がこいつの発言。
字幕版では「メーン」の発言数で観客の腹筋を攻撃し、吹き替え版では原作を超えるヘタレ発言で完膚なきまでに腹筋を破壊する。

エイリアン2 - アニヲタWiki(仮) - アットウィキ

兎にも角にも同作品内におけるヘタレの代名詞として認知されている。
態度が変わってからはメーンの連呼に、各吹き替え声優たちによる名演により、
シリアスなSFモンスターパニックアクションの筈が腹筋崩壊を起こそうとするコメディアンと化している。

ハドソン(エイリアン2) - アニヲタWiki(仮) - アットウィキ

 そう、このヘタレっぷりに僕がハドソンが好きなキャラの1人に入っている理由があるのです。本当はビビリ気味なところを軽口でごまかしていたのを、いざ本当の危機に直面して本当の性格が表れる……

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(↑調子に乗っていた態度から一転、この泣きそうな顔である)

自分の恐怖や焦りを素直に口にしているあたり、今作のキャラクターたちの中で一番人間らしいのではないでしょうか?だからこそ、どうしてもハドソンに共感・応援をしたくなってしまいます。赤い非常灯で照らされた指令室での決戦では、なんだかんだでパルスガンをぶっ放して検討する彼の姿は印象的でした。

海兵隊のほかにも直接の会社からの使者バーク、敵か味方かアンドロイドのビショップの2人が「今は味方のようだけど本当に信用できるのか?」という疑念が、ストーリーを一本調子でなくしていますね。

そして、植民地Lv.426唯一の生存者であるニュートことレベッカf:id:the-Writer:20170701095756j:plain(↑作中、数少ない癒し)

まだ幼いにも関わらずエイリアンによって家族や知り合い全員を奪われた彼女は、似たような経緯で同じく家族や仲間を失ったリプリーと惹きあいます。やがて2人は血縁はないものの、強い「絆」で結ばれることになるのです。

 

 

リプリーが失ったもの、得たもの

前述のとおり、リプリーは家族や仲間、挙句の果てに職業まで失い、自分が経験した恐怖やその経緯をすべて戯言の一部として片づけられてしまいます。海兵隊と共に向かった先で出会ったのは同じく孤独な少女のニュート。

このニュートの存在が、リプリーに前作になかった強みを与えることになったのです。f:id:the-Writer:20170701100040j:plain

それは「母性」です。

一度失った「娘」との生活を取り戻すチャンス、もう絶対に娘は奪わせない、守り抜いて見せる……それが単身エイリアンの巣窟に殴り込みをかけ、ニュートを奪還する(ついでにエイリアンを全滅に追い込む)程の強さを与えたのではないでしょうか?まさしく「母は強し」なのです。クイーンとの最終決戦は、見方を変えれば母と母の対決でもありますね。パワーローダーを着用してバックライトともに登場するリプリーの姿にはしびれました、屈指の名シーンです。

 

 オマケ: ハドソンを演じていたビル・パクストンは、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』でファレル軍曹という鬼軍曹を演じました。

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(↑「ハドソン、こっちに来い!」)

エイリアン2』ではアポーン軍曹によく怒られていた彼がついに軍曹になって新兵をしごいているとは、感慨深いものがありました。

 

 

 

 

 

以上、『エイリアン2』の感想でした。前回のサバイバルホラーから一転、SFホラー兼戦争アクションという大胆な方向転換は見事に大成功をおさめ、エイリアンシリーズに新しい一面や魅力を加えてくれました。1作目とは異なる照明や舞台デザインが醸し出す雰囲気がまた良いです。『エイリアン2』はストーリー、キャラクター、美術、その他もろもろを総合して好きな作品の一つです。

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