カイロ・レン考察Ⅱ~「罪」~

以前のカイロ考察記事、あれで完結かのような終わり方をしましたがそんな事はありません。続きます(`・ω・´)シャキーン

前記事である『~不気味な怪物か、見捨てられた子供か~』を投稿した後、無性に『エピソード7』『エピソード8』が観たくなりました。一応自分が書いた内容が正史である本編と抵触しないかという検証も大きな目的ではありましたが、ガッツリ楽しみながら最後まで見てしまいました……。前記事にはカイロに関する僕の考えを取捨選択して色々詰め込んだのですが、その中で敢えて欠けさせていたものがあります。それはタイトルに書いた「罪」です。

実はそれについても一度は書こうとしたものの、最終的にカットする事にしました。やはり記事の方向性がブレる危険があったんですね……。また、一本の記事にまとめてしまうとカイロ・レンに対する見解の幅を狭めてしまうとも感じたので、伸びしろとなる余地を残しておこうというのもありました。この罪と言う点に関しては、前回以上に議論が分かれる内容になると思います。それどころか、カイロ・レンというキャラクターに対する考えが180度正反対になる重要な分岐点かもしれません。前回はカイロ・レンの過去を徹底的に追及し、謎めいた人物である彼にできるだけ寄り添うことで彼への理解を深めようとしてみました。今回は彼の所業へも焦点を当てることで、僕のより個人的な意見を書いていこうと思います。まとまりのない感じになってしまいますが、それでも良いという方のみ読み進めていただければと思いますm(_ _)m

 

カイロ・レンとしての罪

新たなる悪の尖兵として、漆黒の衣装・赤い光刃のライトセーバー・暗黒面のフォースを使いながら、どこか不自然におぼつかない一面を見せるカイロ・レン。ダース・シディアスダース・ベイダーの跡を継ぐ悪役として(例えばベネディクト・カンバーバッチのような)また新たなるカリスマ性と冷酷さを併せ持つ人物を期待していると、アレ?と予想を裏切られるキャラクター造形です。僕は、「そもそも彼が悪に転向したのは彼が育った環境がどうしようもなく不幸なものだったから」「最終的に、彼は救われてほしい」と論じました。とはいえ、それを書いている間もずっと脳裏にあった疑問がありまして……。

「じゃあ、彼に虐げられた人たちはどうなるの?

f:id:the-Writer:20181210094744p:plainやはりそうなんですよ、彼が育った環境は実は云々~といった話は応用的な内容であって。映画本編を観ていると、彼は理不尽に人々に苦痛を強いる悪役(怪物)なんですよね。ここで改めて、『エピソード7』初見時の原点に戻ったつもりで彼の罪状を書き出してみます。

・ロア・サン・テッカの殺害

・ジャクーの村の虐殺

・新共和国首都の壊滅(に間接的に関与)

・マズの酒場への襲撃作戦を先導

・レイの精神を同意なく暴く

ハン・ソロの殺害

人によっては「これ以外にも罪はある」と言うかもしれませんが、僕がぱっと思いつくのはこの程度ですね。
ここで僕の言う罪とは何なのか、定義すると「相手の人権を侵害する行為全般」です。少し平たく言い換えると、「同意なく相手に苦痛を強いる行為」ともなるでしょうか。生まれた時から誰もがもっており、誰にも侵されず、意義ある人生を自由に送る事ができる権利……それがここで意味する人権です。それを侵害する手段が暴力であり、その内容が罪なのかな、と思います。

f:id:the-Writer:20181210183841j:plainそれが顕著なのはジャクーの村の虐殺・フォースによるレイの精神への侵入ではないかと。前者は何もしていない無実の村人達の命を唐突に奪い、後者はレイが誰にも明かしたくない(自分ですら向き合いたくなかった)秘密の数々を暴いています。
前記事では『エピソード7』,『エピソード8』劇中のカイロの行動を逐一考察(精神分析紛いとも言う)してみました。彼はスノークに付き従い、悪の道を選んでいます。度々葛藤に悩みながらも、悪を続ける彼に大きく影響を与え、変化の可能性を芽吹かせたのはレイとの接触です。しかし彼は最終的にまたしても悪の道を突き進むという決断をしました。悪役なのに色々迷っている未熟な人物……それがカイロの特色の一つです。僕の意見なのですが、カイロは度々良心の呵責に苛まされながらも、結局は変わっていないのではないかと思うのですね。

f:id:the-Writer:20181210182342j:plain理不尽に苦しめられ、虐げられた過去。できればそれを糧に自分は絶対にそうはならない事を決意し、人の人権を尊重し、善き人物として生きるよう日々努力するというのができれば最高ですよね。それが理想です。しかし彼の場合は、虐げられてきた鬱々とした怒りに突き動かされ、結果大勢の人々を苦しめる選択をしました。

なお、苦しめられた過去=人を苦しめて良い理由にはなりません。身近な例えだと荒んだ家庭で育ったいじめっ子でしょうか。家庭で愛を受けられない、安心できる居場所がない……それは自分の楽しみのために人を傷つけていい免罪符ではありません。やってしまった事はやってしまった事として、然るべき対応を受け、罰を受ける必要があります。
ならばつまりカイロ・レンは自分の意思で悪を選び、人々を苦しめている。負の過去を生きたにもかかわらず、それを人にも強いる怪物である……とも言えます。しかし、なぜか僕はそこまで断じる事ができないんですね。

家庭環境などの悲惨な過去によって、悪の道を突き進んだ悪役は他にもいます。『エピソード1』〜『エピソード6』まで諸悪の根源として暗躍したダース・シディアス。『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のサノス。『ハリー・ポッター』シリーズのトム・リドル。『バーフバリ』シリーズのバラーラデーヴァ。『LOOPER/ルーパー』のシド。彼らは全員、過去の経験を経たうえで自分の意思で悪を選び、その決断をまるで後悔していません。しかし僕の意見ではカイロは彼らに属していません。ならば彼らとカイロを隔てるものは何なのか?

 

ベン・ソロ救済のために

僕は可能性だと思っています。

カイロ・レンは複雑なキャラクターです。光と闇、善と悪が危ういバランスで混ざり合っておりどっちつかずな状態です。善というには罪を重ね過ぎている、悪というには迷いがある。先ほど彼は自分の意思で悪を選択した、と書きましたが果たしてそうでしょうか?
人の意思……これは本当に判別が難しい、人によって解釈が分かれるところですよね。僕はひたすらカイロの不幸さに着目する解釈です。長い年月をかけて彼の中に蓄積していった誰にも向き合ってもらえない悲しみや怒り、願いが届かずに何も変わらない無念、それによって藻搔いてきた苦痛。f:id:the-Writer:20190102145348j:plain普通、自分の決断とは自分の意思に基づいているものです。しかしそれに至るまでにどれほど他の人、環境の影響があるのかは計り知れません。現実世界に生きる僕ら一般人でさえそうなんです。フォースという霊妙な力が存在するお伽噺の銀河で、英雄の血を受け継ぎ、それでいて一人の人間として蔑ろにされてしまっていた少年への影響はより顕著だったのではないか、と思います。痛みを感じ、ひたすら救いを求めるベン・ソロの心はいつしか麻痺し、希望にすがるのをやめ、カイロ・レンの仮面をかぶることで、その蓄積した恨みを発散することにしました。しかしその仮面の下に、まだベン・ソロが閉じ込められています。

ベイダーを連想させるそのヘルメットを脱ぐと、目は潤み、くちびるがプルプルと震える怯えた少年がいます。その少年はいつも、信頼して自分の親になってくれるはずだった存在に見捨てられ、自分が存在する意味を見失う、その恐怖におびえているのです。f:id:the-Writer:20190102145926j:plainその彼が下す決断に、彼にはどうにもならない環境がどれほど影響しているでしょうか。つまり、彼の意思の主導権はどこまでが自身にあるのでしょうか?確かに上記で挙げた悪役にも、この疑問は適応されます。環境に心を歪められ、従って下す決断も同様に歪んだものです。しかし僕には、彼らは元々あった本当の自分を覚醒させ、自分の信じる道を突き進んでいるように思えるのです。対してカイロはスノークすら殺してなお、まだ目に見えない足かせを引きずっているように思えます。その足かせを引きずっている彼こそ、自分出そうだとは気づかない・あるいは認めたくない本当の彼……ベン・ソロです。ハンやルークの殺害、彼が長年引きずってきた思いを断ち切る決断をしたカイロの顔は、満足げなものではなく「やっと終わった」と言わんばかりでどことなく頼り気がない、そんな顔に見えます。

確かに彼の人権は侵害されました。ですが、その受けた痛みは他の人権を侵害する原動力ではなく、他の人権を守るための原動力にするべきでした。スノークにある程度操られていたとしても、やはり罪は罪ですからね……。まず彼は罪を償わないといけません。彼が悪事を働くのを見るたびに、無力感というか非常にやるせなくなります。「どうしてこうなってしまうんだ……」と。しかし人は変われる。僕はそう思います。生きている限り人は変われるチャンスがあります。そしてカイロにはその可能性がある、と。今は無理でも、信じて歩き続けることはできます。その身をもってそれを示してほしいですね。

さて、それはそもそも可能なのでしょうか?彼は自分の犯してきた罪に向き合えるでしょうか?

SWでは、希望は常にそこにあるものです。人は、それもより良い方向へと変わることができます。SWは概して見ると悲劇の傾向が強いです。しかし邪悪や暗黒の大波がすべてをさらい、どうしようもないとしか思えない時でも、決して潰えない希望の種がありました。だからこそ、全てが悪役の思惑通りに進んで味方が次々に倒れていった『エピソード3』のラストも感動し、明日への希望を見出せるのだと思います。

f:id:the-Writer:20190103142258j:plain『エピソード8』の主要テーマと言うか、大きな特徴として「失敗すらも受け入れ、肯定する」というメッセージがありました。これはグランド・ジェダイ・マスターのヨーダの口から弟子のルーク・スカイウォーカーへと受け継がれた教えです。人が何か目標に向かって進み、つまずき、くじけたとしても、それを否定するどころか受け入れるという重要な教えは、過ちも犯す登場人物たちが絡み合うドラマ、そして『エピソード8』に続いてきたSWの物語を一層面白くしています。『エピソード1』からずっとおり、シスの見えざる脅威に気づかず、旧態依然としたジェダイ・オーダーと共に1万年も続いた銀河共和国の崩壊を許してしまった責任がある、ヨーダの口から語られることで非常に大きな説得力と包括力を発揮した教えでした。もしも、この「失敗こそが最良の師」という教えがベン・ソロのことまで言及していたとしたら?今は大きく道を誤っているが、彼が戻ってくる未来すら示唆しているのだとしたらどうでしょう?クレイトの反乱軍基地で、ルークがレイアに告げる「私には救えない」「誰も真にいなくなったりはしない」という言葉にまた違った説得力があります。

ここで、僕が「かつて悪の思想に疑問をまるで覚えず、都合よく悪の手先として使役されていたものの、その後は改心して自分の罪を償うために戦い続けるキャラクター」として連想した人物がいます。

 

作品が全く違うのですが、『仮面ライダーW』。

f:id:the-Writer:20190102205737p:plain主に2009年に活躍した仮面ライダーで、とある町・風都を守る私立探偵の左翔太郎と相棒フィリップが変身し、日夜怪人と戦う「二人で一人の仮面ライダー」です。この作品でカギを握るのはUSBメモリ型のアイテム「ガイアメモリ」で、敵味方双方に超人的な能力を与えます。実は正義の味方・仮面ライダーとして活躍するフィリップ(写真左)こそが元々「悪の組織」にあたる園崎家に属していた人物でした。f:id:the-Writer:20190103104517j:plain数々のガイアメモリを自身に備わった特殊能力を使って開発していたのです。このガイアメモリ、手軽に超人的能力を与えてくれるので自身の欲望に歯止めが利かなくなり、平然と倫理的な一線を越えることも厭わなくなる危険で麻薬的な道具なんですね。それらを園崎家が風都に流通させることで数々の犯罪行為を誘発していました。当のフィリップはずっと園崎家に監禁同然の「養殖」状態だったので、ひたすらガイアメモリの神秘の探求に夢中になっており、罪悪感というものは持ち合わせずに園崎家にいいように利用されていました。そこにある夜、未だ見習いの翔太郎と師匠にして名探偵の壮吉(写真右)が乗り込んできたことで、Wとしての物語が始まったのです。f:id:the-Writer:20190103104634j:plainここで壮吉はフィリップがずっと必要な情報を与えられずに健全な成長をしていないことを察します。彼に「フィリップ」と言う名前と自分で決断を下して生きることを教え、園崎家から彼を脱出させました。『仮面ライダーW』とは、フィリップ視点では彼が罪を償うために仮面ライダーとして戦い、翔太郎と唯一無二の相棒関係を築き、人間性と自分の人生を獲得していく物語だった……と言えると思います。

 

さて、カイロ・レンに話を戻します。彼は罪をどうやって晴らしていくのか。そこは全くわからないですね……謝罪会見?右腕を切り落とされる?レイにビンタ&説教をしてもらう?適当です、ハイ。とにかく僕は『エピソード9』で彼には救われてほしいです。しかし、その前に罪を償う必要があります。

前記事で『エピソード9』で彼が迎える結末を書きましたが、もっと詳しく書くとこうです。生き抜くことで、自分の過去を受け入れる・自分の過ちを認める・誰かに受け入れてもらう…この3つが僕が考える結末であり、そうあってほしいと期待してしまいますね。

このままいくと、次作での彼の死亡フラグが濃厚なのが不安です。一番ありそうなのは普通に悪役としてレイに倒されるパターン。次に自分が犯してきた数々の罪を悔い、償うために命を落とす___祖父のベイダー/アナキンと同じ道筋ですよね。確かに今までの自分の罪と過ちを認め、死にゆく瞬間に本当の自分へと帰還する軌跡は非常にドラマチックですし、一応スッキリ片付く展開ではあります。

f:id:the-Writer:20190102162444j:plain(↑サンディエゴ・コミコン2018のルーカスフィルムブースにて発売された、アーティストのRussel Walks氏が描いたポスターだそうです。『エピソード9』公開後に出るであろうスカイウォーカー・サーガのポスター完全版も楽しみですね!)

なお僕は前記事でアナキンとオビ=ワン,ベンとルークの師弟関係は非常に似通っていながら、一つ決定的な点があると書きました。それは、師が弟子を見捨てていないことです。『エピソード7』,『エピソード8』は過去作と展開が非常に似ている点が指摘されています。しかし僕は作品を非常に注意深く研究してみると似通った展開の中に根本的に違い、新しい何かが潜んでいるように思えるのです。つまり、SWの創造主であるジョージ・ルーカスが直接手掛けてきた『エピソード6』までのサーガの歴史を繰り返しているように見えながら、時を経て確実に何かが変化しており、より良い方向へと進化しつつある……という風にとらえられないでしょうか。

僕にとって、カイロ・レン及びベン・ソロは「少年」です。現時点での彼はいまだに過去の呪いを背負ってそれに苦しみながら生きており、真に自分の意思で生きる人生はまだ始まってすらいないように思えるんです。『エピソード9』で彼が死亡するのなら、それはそれで受け入れます。それがウィルズ銀河史に記録されているスカイウォーカー・サーガなのですから。なお、今の僕としては彼が生き延びることで、これまでの過ちを清算し、変わり、新たなる旅路を歩いていくことを願っています。それは今まで拠り所だったベイダーの影・アナキンの軌跡からの独立であり、スカイウォーカーの血を真の意味で受け入れつつも自立することでもあります。f:id:the-Writer:20190103155326j:plainスカイウォーカー家の重大な素養として、フォースの強大な潜在能力があります。彼本人が本当にそう望んでいるのならば全く構いません。しかし、その血筋に生まれてしまったから・周りがそういう風に扱ってくるから、という理由ならば「フォースのバランスを担う者」という役割は重荷でしかないのではないでしょうか?なおその座は既に『エピソード7』の時点で脅かされています。そのスカイウォーカーの血以上の潜在能力を秘める女性・レイは、スカイウォーカーと関係ないどころか、どこの有名な血筋でもありません。カイロがスカイウォーカーの血筋が秘める力ゆえに招いてしまう、望まぬ災いにもう苦しまなくてよくなるのです。彼が「望まぬ重荷から逃れたい」という願望は僕の妄想かもしれません。が……『エピソード8』のあるセリフがそれを示唆しているような気がしてなりません。f:id:the-Writer:20190103144936j:plainスノーク、スカイウォーカー、シス、ジェダイ、反乱者共も、全部死なせてしまえ」この後に続くセリフは、彼が今まで誰にも愛してなかった・認めてもらえなかったという感情からくる復讐ゆえ……と言う風に前記事で書きました。ならば「古いものは滅びるべき」という旨のセリフは自分の意思に関係なく、自分に特定の何かになることを強いてくる圧力から逃れたい、自由になりたいという無意識の願いが口をついて出たのではないか……と思います。思えば『エピソード7』での「この痛みから逃れたい」という吐露にも繋がりますし、名前や地位ゆえの重荷に耐えられないというのは一度は失踪したルークとも同じ苦しみですよね。

『エピソード9』ではカイロはレイと共闘し、新たなる敵を倒す。そしてレイア,ランド,レイらの尽力によって改心を決意し、ファースト・オーダーを辞める。彼は自分の罪を心の底から後悔することでどうにかして償うことを決意し、独りで銀河中を放浪の旅に出ることにする。「ソロ」の旅であるが、今までと違って彼は自分を愛してくれる存在を認識し、初めて自分が安心できる居場所を得た喜びをかみしめる……という展開とか。完全に僕の妄想なんですけどね(´・ω・)y-~~ドウナルコトヤラ

 

カイロ・レンに対するより個人的な感想

僕はカイロを「過去は過去。彼は自分の意思で悪を選んだのだから仕方がない」と割り切ることができません。ましてや敵として憎むことも。彼の悪行へ立ち向かい、止めなければいけないことは確かですが、彼本人への敵意はまるで湧かないんですね。だから僕にとってカイロ・レンとは「悪」ではなく、「悪役」なんですね。f:id:the-Writer:20190103154817j:plain悪の役・立ち位置にいるのであって彼本人が悪とは断言できないんです。だから見捨てたくない。カイロ・レンは自分の正義や目的に突き進む英雄ではなく、孤独な少年なのだと思います。彼が悪事を働いていても怒りはまるで燃えず、やるせないですしただひたすらに止めたいと感じます。説教をしてその殻を破りたい。彼が幸せそうにしているところを見たい。彼は今まで激しく怒り、怯えることはしてきました。その無機質な表情をぐしゃぐしゃに崩して、思いっきり笑い、ボロボロ泣いてほしいです。彼を見捨てられないのは、無下に虐げられた恨み・誰かにそばにいて欲しいという切なる願いこそカイロ・レンだから。彼を否定できないのは自分の中にもまたカイロ・レンがいるからなのかもしれません。

(↑こちらのツイートに無茶苦茶頷いてしまったので引用させていただきました)

「導きによっては善人ですら悪人になる」……アナキン・スカイウォーカーの物語で見られたこの現象がここにきてまた見られるとは思いませんでした。確かに自分の意思でジャクーの無実の人々を虐殺し、理不尽にレイの秘密を暴く事で苦しめています。これらの罪は許されるべきではないですし、裁かれるべきです。しかしその行動原理を紐解いていくとこれまた複雑です。本当にこれがやるせない。以前の過去記事に書きましたが、わかりやすい善と悪の対決ではなく、一人の人間と人間のぶつかり合いなのが、この物語を非常に深みのあるものにしていますよね。

 

f:id:the-Writer:20190103151959j:plainあと、やはりカイロ・レンは悪役として未熟ですがその描かれ方のせいでシリアスな笑いを誘う……というのも僕を惹きつけてやまない理由であると思います。愛され要素でも言いますか。癇癪でライトセーバーを振り回しちゃいますし、マスクを着けている時とない時では立ち振る舞いに差が出ているのも親しみを感じてしまいます。確かに僕も日常生活でカゼの予防目的でマスクをつけていて、人と話す時はやはり相手に顔を見せる必要のない安心感を感じたことを覚えています。f:id:the-Writer:20190103155012j:plain(↑伝説の名シーン「衛兵、衛兵」)

フォースはやたら強いのに、剣術ではイマイチなのもまたよろしい。一ストームトルーパーに思いっきり肩を切られますし、レイに至っては途中まで押していたのにそこからは急降下でフルボッコですもん……その癖ライトセーバーを回す時の動きはやたらカッコいい。しかもスノークにボコボコにされた(多分全観客が思っていたこと)のを叱責されると深く傷つきますし。これまた親しみやすいですね。ダークサイドに転向した際にはお爺ちゃんにあこがれてマスクを新調するくらいなので、恐らく割とオタク気質があるのかもしれません。f:id:the-Writer:20190103154243j:plain(↑ネットの拾い画像です。構図が素晴らしいwwww)

ダークサイドの戦士としてカッコよく見えるために色々考えて、わざわざ衣装をボロボロ気味にしたり、ライトセーバーは古代のクロスガード型にしたり、セーバーをカッコよく回す練習もしたんでしょう。セーバーで戦う訓練そっちのけで。そのくせ、いつも脱いだマスクをドンッと置く灰は殺した敵の遺灰だそうで……ドン引きレベルの悪趣味さですね。レジスタンス艦隊の追撃で愛機のTIEサイレンサーに乗り込んだ時はマスクを着けていないですが、そのせいか声が若干震えている感じ何も良い。あのドスが聞いた低い声にしてくれるボイスチェンジャーがないとちょっと自信がないんですかね。あと力勝負で追い詰められると決まってフゥゥゥーーーッッッ!!!という声を出すのも良いですね。

(↑あるあるネタでカイロ・レンへの共感が深まるかも……?!前記事でもカイロ・レンを描いたコメディ漫画を引用させていただきましたが、本当どれもこれも秀逸なのでお目にかかることができて幸運です)

すごい勝手な想像ですけど多分この人、電車で座っていて目の前にお年寄りが来た時の胸中の葛藤がすごいタイプですよ。あるいは目の前を歩いている人が何か落とし物をした際、その時は思わず声が出なくて夜まくらに顔をうずめるタイプかもしれません。SNSでのアイコン画像はベイダー。もしくは中学の卒業アルバムで(ry

「残念な悪役」っぷりがたまらないのがカイロ・レンくんなのですね(`・ω・´)

 

 

 

f:id:the-Writer:20190103151905j:plain……はい、最後カイロ・レンを愛でる感じになってしまいましたが(;´・ω・)

彼がしてしまった事はしてしまった事として最早変えることはかないません。それによって傷つけられ、大切な人を奪われてしまった人が、銀河にはまだ大勢残っているのですから。まあこれだけ議論ができるのですから、カイロ・レンとその近辺とはなんと豊かな土壌な事かと実感せざるを得ません。何だかひたすら同じことを繰り返しているようではありますが……彼には『エピソード9』で生存・贖罪・和解・仲間という「救済」を享受してほしい、それが今の僕の望みです。そのためにも、自分がしてしまったことを心の底から悔い、その上に自分が進むべき道を見つけてほしいなと思うのです。

カイロ・レン考察 ~不気味な怪物か、見捨てられた子供か~

カイロ・レン。

それはディズニーが製作するスター・ウォーズにおける最初のヴィランであり、『エピソード7』-『エピソード9』からなる続三部作の悪役です。2005年の『エピソード3』を以って、ジョージ・ルーカスの手でSWサーガは一旦完結したという背景があるだけに、それをわざわざ再始動させるからには相応の動機が必要です。f:id:the-Writer:20181117162851j:plainSWの物語は悪役も非常に大きな比重を占めています。『エピソード1』-『エピソード6』までがアナキン・スカイウォーカーの物語というとらえ方が可能なだけに、悪役は物語を牽引していく非常に重要な立ち位置です。また、映画に加えて小説やゲーム等のスピンオフ作品で数多の悪役が存在していました。『エピソード7』には並みならぬ重圧がかかっていたのは明白だと思います。余談ですけど、アダム・ドライバーが悪役としてキャスティングされたと聞いた時の、一見すると悪人に見えないその顔がどのような変貌を見せてくれるのかという期待と「名前がカッコイイな」という感想を覚えていますね。

初の予告編映像が初公開された時には、全てのファンが同じ興奮に包まれたのではないでしょうか。映像中で雪が積もったどこかの暗い森の中、不安定な足取りで衝撃の赤い十字のライトセーバーを起動させるフードを被った後ろ姿。全ては『エピソード6』で終わったはずなのに、闇の中で輝く赤色のセーバーがまた新たなる悪が誕生してしまったことを予感させました。

f:id:the-Writer:20181116193910j:plainその後、トレーディングカードや公開されていく予告編によって彼の情報が徐々に明らかにされていき、ついに『エピソード7』の公開です。
間違いなく、観客は唖然としたことだと思います。開始早々煽られる、癇癪でライトセーバーを振り回す、あのハン・ソロレイア姫の息子、意外と弱い……。言動だけでも色々と特徴的なのに加え、カリスマ性どころか明らかな不安定さを持っている悪役。未熟な人間です。それに暗黒面に転向した理由、現在の行動原理もまるでわかりません。わかりやすい悪役だったダース・ベイダーとは色々と違い、「そもそも悪役としてふさわしくないんじゃないか」という声もありました。

しかし、公開当時に異様な早さでカイロ・レンの本質を突いた記事が日本で公開されました。アダルト・チルドレン……端的に言うと親によって心に深い傷を負ってしまったまま成長した人間のことです。カイロ・レンが「心に傷を負った少年」である、という認識の有無で『エピソード7』及び『エピソード8』の見方が圧倒的に異なってくると思うのです。しかし、この認識は一般にはどれくらい広まっているのでしょうか?f:id:the-Writer:20181116110819p:plain『エピソード7』にて脚本を担当したJ.J.エイブラムスとローレンス・カスダンは、サーガの再起動と完結を行う重要人物として、カイロ・レンという敢えて不安定で未熟なキャラクターを創り出しました。今思うとこの二人の意図は恐ろしく先を読んでおり、非常に興味深い決断であったと思います。

この記事の構想は大分前から練っていたのですが、続三部作の中心人物なだけにそうそう気軽に扱える内容でもなかったんですね……。今回はついに、続三部作を担うカイロ・レンというキャラクターを、僕なりに分析・考察していこうと思います。少しずつ明かされているカイロ・レンの過去に関する情報は、『エピソード7』,『エピソード8』,その小説版やビジュアル・ディクショナリー、その他のスピンオフの書籍からです。一部ネタバレも含みます。これはあくまで僕の考えや感じたことですので、当然この解釈が正しいと主張するつもりではありません。なお折角この記事を読んでくださっている方にとって、SWの楽しみやカイロ・レンの理解を深める手助けになれば幸いです。また、今回の記事は非常に長いです!お時間があるときにじっくり読んでいただければと思います。

 

見捨てられた少年、ベン・ソロ

銀河帝国が誕生し、前時代以上に人々が苦しめられる日々。それに対して立ち上がった人々の希望という火花は年月をかけて燃え広がり、寄り集まり、反乱同盟軍としてエンドアの戦いでついに銀河帝国を倒しました。オルデラーンの王女であり正義を信じて戦うレイア・オーガナと、コレリア出身の内に正義を秘めたアウトローハン・ソロの間に生まれたのがベン・ソロです。

カイロ・レンの本当の名前はベン・ソロ。彼の運命は、実は事前にフォースの意思である程度決定されていました。レイアはベンをお腹に宿している間にある夢を見ました。フォースを通じて見るベンは光の玉であり、その中に影がちらつき始め、最終的に光と闇が混ざり合う……というものです。ベンの血筋を紐解いていくと、「フォースにバランスをもたらす者」でありクローン大戦の英雄となったジェダイ、ナブーの元・王女/元老院議員、オルデラーンの王女/元・元老院議員、ケッセルランを12パーセクでやり遂げた稀有の名パイロットと、身内にとんでもない人しかいないんですね。更に母の兄、つまり叔父はその父に匹敵する潜在能力で皇帝やベイダーと戦った最後のジェダイであり、帝国の崩壊に大きく貢献した人物です。

帝国に愛するもの全てを奪われたレイア、今まで家族という物を知らなかったハンが両親というだけでもベンの誕生は非常に喜ばしいものだったと思うのです。ハンの友人であるランド・カルリジアンから誕生祝ももらいましたし、人間よりも圧倒的に寿命が長いチューイにもハンに子供ができたのは朗報のはずですし、やはりベンはあらゆる人々から祝福されたのではないでしょうか。新共和国の臨時首都となった惑星シャンドリラのアパートでソロ一家は生活を送ります。

f:id:the-Writer:20181117171012j:plain(↑『Backstories: Princess Leia: Royal Rebel』より)

ハン・ソロ』のスピンオフ小説『ラスト・ショット』では、ベン・ソロ2歳の時代が描かれています。ベンはよくハンになついていた一方で、家事ドロイドが日中かなりの長い時間をベンと過ごしていることを示唆する描写がありました。当時の情勢を考えると、戦後に突然銀河を統治する政府が変わり、その影響力も大きく変化した銀河は当然混乱に陥ります。二人とも反乱軍の重要人物なので新共和国の臨時政府にも関わらざるを得ないはずです。特にレイアは元老院議員として政治の知識と経験もあります。やはり、夫婦共働きという形にならざるを得ず、ベン・ソロにずっとつきっきりになることはかなわなかったと考えるのが自然です。f:id:the-Writer:20181117165728p:plain

(↑こちらTwitterやPixiv等で活躍なさっているイラストレーターのnohoさんの作品を引用させていただきました)
小説版『エピソード8』によれば、幼少期のベンのお気に入りのオモチャはハンのダイスであり、見せびらかすこともあったのだったとか。その一方で、うちに眠るフォースの能力が発現するようになり、その扱いに困ったハンとレイアが不安そうにする会話をドア越しに感じ取っていたこともあったそうです。描写されたのはフォースで回りの物を壊してしまうといったものですが、僕はその他にもベン自身の不安をあおるようなフォースの現象はあったのではないかと思います。

今ではレジェンズ設定ですが、例えばシス卿ダース・シディアスの師であるダース・プレイガス。ムウンである彼の本名はヒーゴ・ダマスクと言いますが、ヒーゴは幼年期より自身に何か不可解な力が眠っていることに気づいており、5歳のころ自分に気に食わない事をした友達に催眠術(マインド・トリック)で飛び降り自殺をさせたそうです。なお僕はベンがそのような攻撃的な目的にフォースを使ったとは決して思いません。

しかし、フォース感応者は少なくとも生きとし生けるもの全てに流れるリビング・フォースの流れを感じ取ることができます。すなわち、自分の意思にかかわらず周りにいる人の漠然とした考えや感情といったものを感じ取ることができたのではないか、と思うのです。この性質は『ローグ・ワン』のチアルートの「殺意を持つ者、暗黒のフォースが包み込む」という発言が裏付けになると思います。普通はコミュニケーションにおいて相手の頭の中を見ることはできず、この「壁」に助けられることも往々にしてありますよね。しかしベンにはそれが適応されず、幼少期から相手の考えていることが「流れ込んできてしまう」のは苦しみだったのではないかと思います。f:id:the-Writer:20181117171201j:plain『エピソード5』が特に顕著ですがハンとレイアはよくケンカをします。本人たちにとっては日常茶飯事であり、いつものコミュニケーションの形の一つ……といったつもりでもベンにとっては違います。子供にとって、家族同士が互いにいがみあうのは大きなストレスです。自宅に一緒にいてくれるはずの両親があまりおらず、やっと3人そろったと思ったらケンカ……。それに加えてフォースの理解が乏しい両親の、自分に対する恐怖や不安まで感じ取ってしまいます。

レイアは聡明なオーガナ夫妻に育てられたので、自宅では母親としてそこまで問題はなかったと思います(あくまで個人の意見です)。問題はハンです。彼は過去の経験から自分の感情を素直に表現することができなくなっています。『エピソード7』のファルコンのコックピットでレイが「コンプレッサーを迂回させた」と笑顔で報告した時、「ハァ」とそっけない返事をしてまるで褒めないハンが、まさしく幼年期のベンへの対応を示唆しています。例えばベンがアカデミーで見事な操縦の腕前を見せたり、試験で優秀な点を取った時にハンは欠かさずに惜しげなくベンのことをほめたたえ、「お前のことを誇りに思ってるぞ」とほめたりしたでしょうか?ただでさえあまり家にいることがないハンは、それ位でもしないと埋め合わせができないはずがちゃんとベンに対して向き合っていなかった可能性が高いです。f:id:the-Writer:20181119095351j:plain(↑参考までにアーソ親子です。ゲイレンは一時期カイバークリスタルの研究にのめりこんで家族が二の次になったこともありますが、結局ちゃんと一人の父として一人娘を全力で愛しました)

ハンはしっかりベンを愛しています、これは確かです。しかしその過去を振り返ると、詳細不明ながらコレリアの貧しい家庭に生まれ、仲は良くなかった実の父とは死別。10歳から独りで犯罪で生計を立て、やっと見つけたと思った父親は最終的に自分を裏切り、自分の手で殺さざるを得ませんでした。勝手な想像をすると「子供は放っておいてもちゃんと育つ」と思っていた節があった可能性があります。ハンは、ベンに対する積極的な愛情表現が足りなかったのではないでしょうか?若き頃に比べると笑顔が控えめににあり、仏頂面なことが多いハン。やはりベンの中には父親は厳しく、何を考えているかわからない怖い人……という認識ができていてもおかしくありません。
ベンには親にちゃんと愛されて、必要とされていると感じることができませんでした。10代のころには次第に両親に対して疑念がわき始めたのだと思います。「自分はそもそもなぜ生まれてきたのか」「ママとパパに愛されてないならなぜ僕は生きているのだろう」と考えたかもしれません。最も身近な存在であり、自分を無条件に愛してくれるはずの両親がしかるべき義務を果たしてくれない。自分に向き合い、話し合ってくれないなら自分からも口を開く必要はない。今こうして自分が苦しんでいる間にも母は自分そっちのけで仕事にいそしみ、父は家におらずいたとしても自分の話にとりあってくれない。家にいる時の自分に対する態度を考えると、特にハンに対して怒りの矛先が向いたと考えるのが自然です。自分がこれだけ苦しんでいるのにいつも無関心を貫く男……こうして今まで愛情を渇望していた心はハンを見下げ果てる一種の怒りに変わっていきます。さいころ父愛用の船ミレニアム・ファルコンには何度も乗せてもらったと思います。敬愛していた父が自由自在に飛ばす専用の船……このように思い出と憧れが詰まっていたファルコンも、ハンに対する反感に伴って嫌悪感を催す忌むべきものになったのではないでしょうか。

レイアやハンはいつの間にかベンとの間に深い亀裂が走っている事に気づきますが、そもそも心を開いてくれないベンは遠ざかっていく一方です。ベンは「別に自分はここにいても良いんだ」という自己肯定感、愛情や居場所が得られないまま成長していったのではないでしょうか。社会的動物である人間に上記の要素は健全な成長に不可欠です。思春期では、自分がどうあるべきかに悩みつつ、その性格や言動が形成されていきます。ベンは精神的な成長を担う重要なこの時期に、健全なルートを歩むことができませんでした。その心はストレスに対して耐性を持たず、繊細で不安定なものになりました。自身の沸き立つ感情の制御がきかず、どこかがまだ子供のまま歪んだ成長をしていきます。感情表現は乏しくなり、口調も内面を悟られないような無機質なものになっていくのです。そうすれば相手に自分の手の内を読まれたり、弱みをさらけ出すことはありません。自分をより有利で安全な場所に置こうとする心理的防衛機制なのですね。

そして両親が自分の強まる一方のフォースに関して何の手立てもないことが事態を悪化させます。いつ頃からかは不明瞭ですが、あのダース・シディアスよりも邪悪で強力な暗黒面のフォースの使い手がベンにフォースを通じて接触を始めます。スノークにとってベンの心に巣食い、家庭環境から徐々に悪化していった闇はまさに棚から牡丹餅。利用しない手立てはありませんでした。

f:id:the-Writer:20181117172704j:plain(↑こちらはQueenStardustさんによる作品です)
SWではフォースの暗黒面に熟達していればいるほど、その危険な世界に他人を引きずり込む術にも長けています。スノークは真の正体を巧みに隠しつつ、ベンに自身がフォースに熟達した人物であり、ベンの個人的な師になれるとつけいりました。「お前の両親はお前の持つ力を何もわかっていない」「その潜在能力はかのベイダー卿にも匹敵するものだと感じる」「暗黒面は修羅の道ゆえに孤独な者こそが孤高の覇者となれる」……といった感じでフォースの暗黒面の魅力と両親への不信を植え付けていきます。後にベンと、遠く離れたどこかの惑星にいるレイをフォースを通じて会話させるような芸当が可能なスノークです。ベンの心に語りかけたりその頭に入り込んで弱点を読み取るなどぞうさもないと思われます。こうしてフォースを通じてベンと交信を重ねることで、スノークはベンの信頼を勝ち取っていきます。

f:id:the-Writer:20181117194625j:plainスノークとしては、ベン・ソロが血筋ゆえに秘める強力な潜在能力がほしいのですが、ただ漠然と「暗黒面は強い」と繰り返すだけでは説得力がありません。よって、具体的な目標として最後のシスであるベイダーの物語を都合よく曲解してベンに吹き込みます。「ベイダーは元々光を盲信するジェダイだったが、ジェダイの表層的な教えに失望した彼は暗黒面に転向した。それを通じてフォースの神髄に触れたからこそ、あそこまで強大となって伝説として名を遺した……」などと言ったのでしょうか。ただし、この時点ではベイダーの正体は告げません。なぜなら、もしスノークがこの時点で帝国残党を支配していたなら、後のために大きな「爆弾」を仕掛けているからです。f:id:the-Writer:20181119090724j:plainベンにとってはよくわからないフォースの領域から突然救い主が現れたため、最初は疑ってもいても身近に頼れる人間がいない中では、スノークに惹かれざるを得ませんでした。やはり自分を認めてくれ、安心して心を開ける親という存在を欲していたために、徐々に傾倒していったのではないかと思います。そんな信頼する彼に吹き込まれた通り、ベンは自身を孤高のベイダーに重ねることでその力、人物像にあこがれるようにもなりました。前述のとおり、正常な人格形成がままならないのに加えてこれまた歪んだベイダー像を心の支えにしていくのでますます悪化していきます。まさしくSWのアダルト・チルドレンです。レイアとハンはベンが心を閉ざしていく一方で、どうやらスノークという得体のしれない人物がフォースを通じて語りかけている事、突然ベンが血縁関係があると知らないはずのベイダーに興味を持ち始めたことにより、なおさら自分たちの手には負えないと感じるようになりました。

(↑『エピソード7』MovieNEX特典映像の一部ですが、カイロという人物を知るのに重要な手がかりが語られています)

恐らく同時期、ジェダイの失われた伝説や知識を求めて銀河各地をR2-D2と共に旅していたルーク・スカイウォーカーがレイアとハンに連絡を取ります。十分な量の教材を集めることに成功したので、いよいよ新しいジェダイ・オーダーを復興させたい。そのためにはまず弟子になってくれる人物が必要だと。『エピソード8』のビジュアル・ディクショナリーや小説版によれば、このルークの一番弟子をレイアは新しい家族と政治のために断ったそうです。とはいえベンの扱いに頭を悩ませていたレイアに、これはまさに鴨葱でした。自分には無理でもきっとルークならフォースの教えを通してベンの心を開いてやれる、暗黒面が広がり始めているベンでもルークならきっと連れ戻すことができる……と。しかし、ハンはやはり何かがおかしいと勘づいていたと思います。長年のアウトロー生活で数々の策略を聞き、狡猾な手を巡らせた権力者を目にしてきました。ここでベンを手放すともう手遅れになるのではないか……。f:id:the-Writer:20181116111401p:plainしかし、最終的にレイアとハンはベンをルークに引き渡すことに同意します。これがベンにとっての決定打になったのは間違いないです。「ついに、僕の両親は責任を放棄して僕を捨てた」と。どうにかしたいがどうすればいいのかわからない二人、両親を糾弾したい気持ちとやはり踏みとどまって自分と向き合ってほしかったベン。それでもベンはわずかな希望にすがります。「ルークおじさんなら自分の父になってくれるかもしれない。何もしてくれなかった両親とは違い、ルークはジェダイ・マスターだから。ルークもかつて自分と同じように両親を失ったから」とでも思ったのかもしれません。

f:id:the-Writer:20181116214618p:plainこうしてベンの第二の人生が始まります。どこかの惑星で、ニュー・ジェダイ・オーダーとして他の12人の生徒とフォースについて学ぶ日々。自分で作った初めてのライトセーバー、その核となるカイバー・クリスタルが自分と共鳴して発した色は青。祖父にあたるアナキン・スカイウォーカーがかつて使っていたのと同じ色です。しかし、スノークは手をゆるめません。そもそもベン・ソロに取り入り始めたのも、ルークが始めようとしているニュー・ジェダイ・オーダーを崩壊に導くための策略でした。スノークはベンの中の暗黒面を秘密裏に肥大化させていきます。敢えてルークにもそれを感じさせることで、着々と手はずは整っていきます。そしてついに、『エピソード7』から数えて6年前、ベン23歳の年にあの夜がやってきました。f:id:the-Writer:20181116214539j:plain実際にベン殺害未遂の際にルークはどんな心情だったのかは過去記事に書きましたが、孤独によって憔悴していたベンの目には、ルークは殺意と憎しみに顔をゆがませた裏切り者としか映りませんでした。ベンは人生で二度目の大きな絶望に叩き落されます。あれだけ信じていたルークにも裏切られた。平和を尊ぶジェダイなど嘘っぱち。もう誰も信用ならない、自分がついていくのはスノークだけ……。「師に見捨てられ、怯えた少年」は事前に話をつけていたほかの数名の仲間と共にニュー・ジェダイ・オーダーを壊滅させました。f:id:the-Writer:20181117173027j:plainスピンオフ小説『ブラッド・ライン』によれば同時期、レイアは新共和国の元老院議員として精力的に活動しており、実質の最高議長である第一議員選出選挙を迎えていた頃でした。しかし着々と力をつけていた帝国残党=ファースト・オーダーの陰謀により、レイアは失脚せざるを得なくなります。「レイア・オーガナはダース・ベイダーの実の娘である」という元老院での告発。ベイダーは冷酷な恐怖政治を行う銀河帝国の象徴的存在であり、銀河各地に恐怖と憎しみを植え付けました。f:id:the-Writer:20181117194259j:plainそのベイダーとの血縁関係の判明は誰であれ聞かされれば疑念と衝撃に飲み込まれます。『エピソード5』でのルークの拒絶反応が良い例です。それも帝国時代の苦しみを知っている人間なら、ベイダーの血を受け継いでいる事への嫌悪、その事実をずっと隠してきた事への不信感は当然頂点に達します。恐らくホロネットのニュースでも通じてこの衝撃の真実は銀河中に知れ渡ったのだと思いますが、特に大きな衝撃を受けたのはやはりベンであると思います。あの二人は親としての責務を果たさないばかりか、こんな重大な秘密をずっと自分に伝えようとしなかったと。これもまた、「あの二人は自分と向き合おうとしてこなかった」という認識をさらに強くします。そしてスノークがやたらベイダーについて自分に教え込んできたのも合点がいったのでしょう。様々な感情が入り混じった、憤然とした渦がベンの中にできました。そのとても一言では言い表せないごったまぜの複雑な負の感情こそが、彼の暗黒面の原動力なのだと思います。f:id:the-Writer:20181127090615j:plainベンはこうして暗黒面に転向することとなり、カイロ・レンが誕生しました。今まで周りの人間に裏切られ、傷つけられ、虐げられてきた弱い自分はもういない。あの両親の血を継ぐ自分はもう死んだ。今の自分は暗黒面のフォースを味方につけたカイロ・レンだ。自分の望みを自分の力を以って実現できる戦士。あの伝説のベイダー卿の血を引く自分こそが彼の「ジェダイを滅ぼす」という崇高な使命を受け継ぐと。

 レンの騎士団の歴史や『エピソード8』でのスノークの「ふざけたマスク」発言を見るに、恐らくカイロ・レンという名前はスノークから与えられ、象徴的なマスクは自分で作った可能性が高いと思います。スノークに与えられた歪な知識を基に築き上げた、やっと自分を発揮できる人格がカイロ・レンなのかもしれませんね。『エピソード8』の監督・脚本を務めたライアン・ジョンソンは以下のように語ります。

~(前略)~カイロは前進するために、自分自身を過去から切り離そうとします。反抗的ですよね、自分の出自から逃れるわけですから。過去を切り離して、“僕はなりたい自分になれるんだ”と言うんです。こういうことは、多くの人が人生のどこかで体験することですよね。

出典:『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』は決して過去を葬らない ― 監督が語るテーマへの思い

 フォースの暗黒面の使い手のライトセーバーの光刃は赤色です。その理由は、ライトセーバー製作時に使うカイバー・クリスタルは誰かが使っているものを奪い取り、それに自分の負の感情を注ぎ込むことでカイバーが耐え切れずに「流血」し、赤色に染まるからとされています。f:id:the-Writer:20181116105801j:plain青色に染まっていたカイバーを流血させるほどにベンの中に蓄積して蝕んでいた恨み、怒り、悲しみ等の感情。セーバーの柄の形状をみるに、ジェダイ時代に使っていたものを改造したものと思われます。このカイロの内に業火の如く燃え盛る激情を表しているかのような不安定な光刃、そしてその赤色はカイロの心がこれまでずっと苦しんできて流してきた血そのもの、と言えるのかもしれませんね。

 

創り出された怪物、カイロ・レン

ここからは僕なりに『エピソード7』,『エピソード8』での彼の解釈と、『エピソード9』で彼が迎えるべき結末を漠然としたものながら書いていこうと思います。

カイロの反乱を機にニュー・ジェダイ・オーダーは崩壊。ルークは自分の責任を苦に未知領域に位置する惑星オク=トーに失踪。最初のジェダイ寺院が建つその星で、ルークは自身と共にジェダイを終わらせる事を決意します。その一方で、ニュー・ジェダイ・オーダーを創立するまでにルークはジェダイの失われた伝説やフォースの新しい知識を求めて、銀河各地を飛び回っていました(小説版『エピソード8』によればスノークにも会った事もあったのだとか)。f:id:the-Writer:20181119090923p:plainその旅の中でルークは数多くの盟友を作りましたが、その一人がロア・サン・テッカです。新共和国と帝国残党が最後の戦争を繰り広げた惑星ジャクーの村の長を務める彼は、噂か過去のルークの言動から「ルークは最初のジェダイ寺院に旅立った」と判断したのだと思います。銀河にフォースのバランスをもたらすためにジェダイは必要、よっていつかルークには戻ってもらわなければなりません。よって既存の宙図にオク=トーの座標を追加し、それをルーク・スカイウォーカーがいる目的地として設定した「スカイウォーカーの地図」を製作したと思われます。ただし、それはR2-D2が『エピソード4』でデス・スターのコンピューターにアクセスした際に入手した銀河全体の宙図と組み合わせないと、宙図として機能しません。なぜなら、銀河帝国は皇帝パルパティーンの意向から未知領域の開拓を進めていたからです。オク=トーも未知領域に位置する事から、そこの調査結果も記録した帝国の宙図でないとそもそも宙図として使えなかったからだったのだと思います。f:id:the-Writer:20181119091331j:plain最後のジェダイであるルークを殺せば、フォースのバランスは一時的にでも闇に大きく傾き、スノークに有利に働きます。しかし様々な出来事が一挙に重なって全てに耐えあぐねたルークはあろうことか自身をフォースから閉ざしました。これではいくらフォースに精通しているスノークといえど手も足も出ません。しかし、ファースト・オーダーはジャクーにスパイでも送り込んでいたのか、村から漏れ出た噂はスノーク、そしてカイロ・レンの耳にも伝わります。カイロ・レンにとっては信頼していたのに自分を殺そうとした人物、ジェダイ・マスターと名乗りながらシスの如く寝首をかいて裏切った叔父なので、まさに絶好の復讐の機会です。そうして『エピソード7』冒頭につながっていくのではないでしょうか。f:id:the-Writer:20181119091357j:plain『エピソード7』劇中でスカイウォーカーの地図を持ったドロイドはジャクーに足止めされました。これまたチャンスとして兵を差し向けますが、脱走兵と謎の少女によって失敗。更にスノークの情報によれば少女と地図はあの父親ハン・ソロと共にミレニアム・ファルコンにあるとのことです。口では強がっても、やはり動揺はしたというのは想像に難くありません。奇跡のような運で手を逃れる少女……惑星タコダナで何とか捕らえ、スターキラー基地で尋問した際、初めてカイロとこの少女レイとの間に不思議なつながりが生まれます。カイロはスカイウォーカーの地図の情報を得るために、レイの精神にフォースで侵入を試みます。ろくに会話もした事のない相手がずっと秘密にしてきた願望、抱えてきた恐れ、生きてきた記憶をすべて舐めとるように見たわけです。この過程で、カイロは意外にも「恐れる必要はない、俺も感じる」とレイを気遣う姿勢を見せたりして一応人間としての成長を見せたり、「ハン・ソロか。自分が持った事のない父親を重ねている。失望するぞ」と思わず内面がポロッと口をついて出たりしました。f:id:the-Writer:20181127090913j:plainしかし、カイロに匹敵するレベルの潜在能力を持つレイは無意識のうちにそれを逆手に取り、一方通行のつながりを相互通行にしてしまいました。これによって、カイロが押し殺していた祖父ほど強くなれないという恐れや機械のような表情で隠してきた内面がレイに知られてしまいます。ベイダーの血という一種の最強の武器を持っているはずなのに、生まれ持っての才能か不安定な気質ゆえか思うように力を発揮できない鬱憤はあったはずです。しかし本当の問題はそれを目当てにカイロを拾ったスノークの失望でしょう。元々の家庭環境によって人の自分に対する反応を察するのは人一倍敏感なカイロです、薄々と失望の色が広がるスノークの感情も感じていたことだと思います。f:id:the-Writer:20181119150018j:plainカイロにとってファースト・オーダーとは所属できる居場所なのだと思います。ファースト・オーダーはかつてベイダーが所属した帝国の遺産から復活しており、自分のマスターであるスノークが率いていますし、小説版では「我々こそが銀河に秩序をもたらす」という理念に賛同もしているからです。スターキラー基地でその目的を邪魔しようとするレジスタンスを壊滅させようとする直前、ある意味彼にとって最大の障壁が現れます。父ハン・ソロ。アナキン、ルーク、ベンというスカイウォーカー男子はそれぞれ、何らかの形で父親との大きな葛藤を抱えているのだと思います。スノークに吹き込まれた通り、父殺しとは暗黒面において大きな前進となるでしょうし、それはカイロが過去に抱いた憎しみとも一致します。しかし基地の橋の上でゆっくり歩み寄ってくるハン・ソロは自分の記憶とは違い、真摯に語りかけながら自分を本来あるべき場所に連れ戻そうとしています。既にスノークの自分に対する信頼もぐらつき始めている一方、ハンという男は自分の中で「弱く、愚かな」敵であり、乗り越えるべき障壁です。憎い敵だから殺したい、と単純なものではなくその段階を通り越しているのだと思います。監督のJ.J.エイブラムスが「この時のカイロはまだ迷っていたのだと思う」と述べている通り、まるで真っ二つに引き裂かれるような大きな苦しみの葛藤です。f:id:the-Writer:20181119152931j:plain結果、カイロは殺害に踏み切ります。「自分を裏切った父を殺す」……皮肉にもカイロが忌み嫌った父ハンが辿った道筋と全く同じであり、カイロは「ソロ」という血筋を証明したことにもなりました。後にスノークに指摘されますが、カイロはこの決断によって解放された、強くなったと感じたどころか大きな動揺を感じていました。あれだけ自分を苦しめてきた人物を自分の手で殺したのに、自分の情けない過去の象徴を終わらせたのに胸中は嵐の如く荒んでいる……。確かにこれは、カイロの暗黒面を推し進めました。しかし当然、ハンを父と慕っていたレイからの憎しみを受ける要因にもなります。f:id:the-Writer:20181119152550j:plainこの雪が降りしきる森の中での決戦なのですが、個人的に切ないものを感じていますね……今まで長々と書いてきた通り、カイロは何一つ自分のせいではなく、自分の力ではどうにもならなかった状況によって、暗黒面に堕ちたのだと思っています。堕ちたという表現すら適切ではなく、彼にとってはある種の救いとして暗黒面を選びました。しかし、レイやフィンらはこの事実を一切知りません。あたかも『エピソード7』初見時の観客と同じように。観客の方々は突然大声を出したり情緒不安定な言動を見ては「何アイツ…」と困惑したと思います。まだカイロの過去を知らないレイには、彼は「愛すべきはずの家族をその手で殺す」というおぞましい行為に手を染めた怪物としか見えていません。それどころか、執拗に自分を追ってくる一方で感情が読めず、恐ろしく穏やかな顔をしている非常に不気味な存在です。しかし、そうなっているからには何かしら理由があり、この無理解こそ意外と境遇が似ているレイとカイロの激突を引き起こしています。その無理解を悪いことだと断じているわけではないです。しかし似ている者同士がお互いを知らないことによって敵と思い込んでしまうのは、ある意味切なく興味深い流れであると思います。f:id:the-Writer:20181119160757j:plainこの戦いで浮き彫りになる通り、当のカイロはレイに対して興味というか、一種の執着を見せています。なぜならカイロはレイの過去を無理やり暴いた時に、自分と同じものを見たからでしょう。事情は不明ながら彼女にも親はおらず、ずっと親・家族を切望していた。それに伴って孤独の闇も彼女の中にはできていた……。それに加えて彼女のフォースの素養は強く、異性でもあります。カイロは、共感・恋愛感情・「そばにいてほしい」という切な思い・支配欲などがまぜこぜになった結果、レイに迫るような行動をとったのではないかと思います。尤も、フォースを覚醒させたレイに徹底的にボコボコに負かされてしまいますが……顔面に大きな傷も食らい、不本意ながら崇拝する祖父に近づきましたね。この後はハックス将軍に救出され、スノークが待つファースト・オーダーの母艦スプレマシーに連れていかれることとなります。

f:id:the-Writer:20181122094942j:plainこの謁見がカイロとスノークの袂を分かつ決定的な出来事となりました。スノークの容赦ない非難で見せた怒りと失望は、カイロを根幹から揺るがすほどだったのではないかと思います。そもそも自分を受け入れてくれると思ったスノークは自分を見限り、強みとして与えてもらった暗黒面の戦士としての人格も「所詮はマスクをかぶった子供」と揶揄されてしまいます。噴出する怒りは、ベイダーを継ぐ者の象徴たるマスクの衝動的な破壊につながりました。また、この怒りはいよいよスノークからの自立へと繋がったのだと思います。元々スノークは自分という人間ではなく、自分に備わった力だけがほしいだけなのは薄々と気づいていました。しかしスターキラー基地での敗北でその力すら不安定で見限られるのも近いのを悟り、隙を見て暗殺するという考えが芽生えたのでしょう。f:id:the-Writer:20181122112742j:plainレジスタンスの母艦を撃墜する任務に従事するカイロ・レン。祖父と父譲りの見事な腕前とフォースを使って淡々と母艦の要所要所をつぶし、ついにブリッジをボタン一つで破壊できるというところで母・レイアの存在を感じます。小説によれば、カイロがレイアから感じたのは悲しみ、そして愛情でした。カイロにボタンを押せませんでした。両親に対する慢性的な恨みはあるとはいえ、実際に母親とフォースで繋がりながら相対してみると殺す=完全に自立することができない……。ひたすら無関心を装っていた父に対して、やはり母にはまだ情が残っていることを伺わせます。前述の「レイアは実際に家にいる時はちゃんと母親としてふるまっていた」という推測の裏付けにならないでしょうか。f:id:the-Writer:20181122105659j:plain一方のスノークはフォースを使った交信で新しい罠をかけることにします。未だに居場所と意図がわからないルーク・スカイウォーカーですが、彼が恐らくいるだろう場所を記した地図はレジスタンスが入手することとなりました。レジスタンスの艦隊殲滅はハックス将軍に任せつつ、スカイウォーカーの元へと向かったであろうレイとカイロをフォースで繋げます。目論見通り、最初はいがみ合っていた二人は唐突なフォースによる交信も大して怪しまず、心を通わせていきます。2度目のフォース・ボンドの際、カイロはレイに一方的に蔑まれる中、一度だけそれを肯定します。「俺を怪物と呼んだな」「そうだとも」しかし、カイロの過去は彼本人の意思や力ではどうにもなりませんでした。いわば怪物にならざるをえなかったカイロ。それを誰も助けてもらえなかったカイロ。そう考えると、自ら自分が怪物だと認めに行くカイロが悲痛に思えないでしょうか。f:id:the-Writer:20181122105815j:plainそして3度目、4度目のフォース・ボンド。数々の出来事によって一元的な視点を捨てたレイはカイロと一人の人間として向き合います。この時、同じ両親が「いない」者同士、二人はかつてない程近づいていました。カイロはひたすら真摯にレイの話に耳を傾け、一切言葉をはさみません。それどころか「お前は孤独じゃない」とすら声をかけます。カイロは確かにゆがんだ成長をしたかもしれませんが、既に大きな苦しみを経験しているだけに、新たにそれに苦しむ人間がいればちゃんと気遣えるだけの心を持っているのです。ここで僕はルークが来た瞬間のカイロの反応が気になりました。映画の映像では確認できませんが、以下の舞台裏映像の2:31~がその場面に該当すると思われます。ルークが来た瞬間のカイロの顔が見られるのですが、その目は恐怖によって見開かれ、慌てて振り返っているように見えないでしょうか?心の中では見捨てられ、殺意を向けられた際の苦しみと恐怖をカイロは未だに記憶している……そう思います。

スノークを殺し、プレトリアン・ガードもレイと共に全滅させたカイロ(スノークを不意打ちで殺すのもまたしてもソロの血筋を感じさせます)。このままライトサイドに戻るのかと思いきや、カイロはまたしても予想外の動きに出ました。レイに銀河に新たな秩序をもたらすために手を組もうというのです。この動きが唐突に思えますが、やはりこれも彼の経験で裏付けられると思います。f:id:the-Writer:20181122112711j:plainカイロは両親に向き合ってもらえず、信頼して心を開こうとした師にあたる人物にはことごとく裏切られてきていました。自分の意思に関係なくただそういう状況に放り込まれ、苦しむことを強いられてきました。いうなれば彼は今までずっと理不尽に痛めつけられながら生きてきたとも言えます。今まで「虐げてきた」世界に復讐する。今こそ自分が立ち上がり、自分の力を知らしめて支配したい。もしかしたら自分と同じ状況の人間たちを自分の元へ集め、庇護しつつ仲間の軍団を作り上げたい……そんな願望もあったかもしれません。そんな中、自分と同じものを見出したのがレイでした。f:id:the-Writer:20181122110909j:plain同じ孤独の闇を抱える彼女こそ、自分を本当にわかってくれる。今度はきっと見捨てられる事は無いかもしれない。今自分のいる場所には好条件ばかりが揃っている。スノークは死んで強大な軍隊が今や自分の思うままになり、レジスタンスは壊滅状態、強敵のルークも失意のどん底です。そして目の前には共感から味方になってもらえるチャンスのあるレイ。そのような計算から「手を組もう」と手を差し出したのではないか、と思うのです。f:id:the-Writer:20181121225024p:plainなおその誘いの過程においてレイの家庭環境に言及しますが、その言い方に多少泥沼めいたものがあるのにも注意したいです。レイが両親を「誰でもなかった」と認めるのは良いです。しかしその後、カイロはこう続けます。「酒代のために娘を売った」「今は粗末な共同墓地で~」「お前はこの物語に居場所はない」「だが俺には違う」……レイを追い詰めるような言い方をしていないでしょうか?事実を曲解し、レイを孤独の谷間に突き落とした所で自分が手を差し伸べる……。つまりカイロはまだ暗黒面に身を置いており、むしろレイを引きずり込もうとしているのと同義なのではないかと思います。カイロはまだ変わっていないのです。f:id:the-Writer:20181122112505j:plain結果としてはレイは見事にその誘いを蹴り、改めてレジスタンスの一員として帰還します。ここでカイロはまたしても信頼した人物に見捨てられました。ハックス将軍を締め上げた際、ここに改めて暗黒面の戦士カイロ・レンが誕生しました。カイロは今までの遺恨から野望を膨らませたところ、より希望のある可能性は潰えてしまい、最高指導者レンとして道を突き進むほかなくなったのです。そして惑星クレイトでレジスタンスを追い詰めます。恐らくカイロはここで先ほど宇宙で死んだと思われた母・レイアの存在をフォースで感じ取り、その生存を確認したのだと思います。それも全てあと一歩で終わるところまで来ました。しかしここで、ルーク・スカイウォーカーが復活。ルークと対面した時、カイロはこう言いました。f:id:the-Writer:20181122100834j:plain「俺を赦しに来たか。俺の魂を救いに」

レイとのフォース・ボンドでも認めた通り、彼は自分のことを独自の正義のもとに戦う戦士というより、堕ちた怪物だと認識しているのです。ルークは明確に彼に危害を加えようとしたのでカイロには真っ当な復讐の動機があります。しかしそれを知ってなお、自分が悪いと認識している部分もあるのです。彼の生真面目さというか、本来の性格が垣間見えていると思います。f:id:the-Writer:20181122110115j:plain彼がこの決戦で相対したルークは6年前に自分を殺そうとした時と同じ姿(衣装は違いますが)、自分のアイデンティティーにしていた祖父のライトセーバーを持ってやってきました。不安定な情緒をもつカイロには、自分を最大限まで刺激してくるルークを殺すことしか考えられませんでした。結果としてこのルークが幻影であることを見抜けずにレジスタンスの逃走を許してしまいます。この最中、ルークに指摘されるのが彼と共にある人物のことです。ルーク、そして父・ハン。彼は父に対して明確な憎悪や敵意を感じる段階は通り越し、父を忌避して乗り越えたい障害と捉えているのではないか……と思います。しかしカイロは父を殺害することで、未だに父を真の意味で乗り越えられていない事を証明してしまいました。そしてルークには一切手も足も出ないまま、自分には未だ手が届かない場所へと行かれてしまいました。

 

フォースから見る彼の旅路

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ここでは、僕が考える『エピソード9』で彼が迎える結末について書いていこうと思いますね。この記事を書いている2018年11月現在、『エピソード9』がJ.J.エイブラムス監督の指揮下で本撮影が行われています。今こうしている間にもこのシークエル・トリロジー、SWサーガ9部作の完結編が撮影されており、カイロ・レンの迎える結末も現実のものになっているのかもしれないのです。

 『エピソード8』終了時点で、カイロ・レンは暗黒面により深く身を沈めることとなりました。ルークとスノークという光と闇の頂点がフォースの冥界に旅立ったため、レジスタンスに正式加盟したレイとファースト・オーダーの最高指導者であるカイロはそれぞれフォースの光と闇の頂点を担うことになります。

脱線気味になるのですが個人的に気になったのは、両親の真実を知ったレイとの4度目のフォース・ボンドの時です。あの時カイロはレイの前に姿を現したばかりか、第三者のルークからもその姿が見えました。これはのちにルークが使う一種のフォース・プロジェクションに思えますが、通常質量をもたない幻影のはずがレイとしっかり触れ合えているという点。映画的な演出として、レイとカイロは一時的に深い、精神的なレベルまで共鳴したことを視覚的に表しただけ……なのかもしれませんが、カイロの潜在能力を垣間見たように思えます。

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さて、過去記事にも書きましたが、『エピソード1』~『エピソード8』のサーガの流れからみえてくるのが、フォースの光と闇の攻防です。言い換えればフォースが光と闇の均衡を取り戻すための過程、とも言えます。始まりと終わりは共にあり、すべての現象は均衡という最も安定した状態を目指し、光と闇は互いがいなくては存在できません。プリクエル・トリロジーでは何千世代も存続したジェダイ・オーダーが銀河共和国と共に滅び、オリジナル・トリロジーでは1000年以上も生き永らえたシス・オーダーが銀河帝国と共に滅びました。この光と闇の攻防の全ては、宇宙全体を満たし、司るコズミック・フォースの働き(ジェダイに言わせる「フォースの意思」)によるものです。『エピソード9』・フォースの光と闇に関する考察は、下記の記事が非常に興味深いです。

全ては『エピソード9』で迎える結末のためだった……ではその結末とは何なのか?コアなSWファンの方が再三口にし、僕も実際『エピソード8』公開前の考察記事に書きましたが、光と闇の中間のフォースです。僕はニュートラル・フォースとも書きましたが、この状態なら光と闇は、互いに対立するのではなく共存していると考えられます。実際、カノン(正史)の情報でこれを裏付ける設定がいくつかあります。

マーベル・コミックスが刊行しているポーの映画外の活躍を描くスピンオフ・コミックの『スター・ウォーズ:ポー・ダメロン ブラックスコードロン』に続く第21話目(現在未邦訳)。『エピソード7』前のロア・サン・テッカが登場するのですが、彼が言うには「かつてフォースは光と闇は対立しておらず、結束していた」。『エピソード8』で本格的に登場した惑星オク=トーの最初のジェダイ寺院の下には、「強い光には強い闇」と言わんばかりに、暗黒面のフォースの集中する場所がありました。オク=トーのジェダイ寺院の洞穴にあったレリーフに描かれた「 第一ジェダイ」は、最初期のジェダイにしてフォースの光と闇のバランス状態にあるように見えます。

フォースの光と闇とはコズミック・フォースの視点からの語り口です。これをリビング・フォースの視点から言うと、「無私と利己」とされています。惑星ルエルに住む民の視点では、フォースにはそもそも光も闇もありません。彼らはフォースを「潮"タイド"」と呼び、それはその名の通りひたすら波の如く寄せては返す、変化し続けるものとして捉えています。この均衡した・調和した状態が本来のフォースの姿ならば、逆に今までのサーガで当たり前だったジェダイ/シスのオーダーという存在こそ異端でした。光と闇に二分し、それぞれに特化した存在は自然の摂理から外れている……。f:id:the-Writer:20181122204831j:plain『エピソード8』中盤、ファーストオーダー母艦スプレマシーのターボリフト内で、レイとカイロがこれからの互いの行く末を思って親密な会話をします。二人はその前に行ったフォース・ボンドで、ハッキリと互いの未来を見たと言います。二人とも、相手が自分と同じ側にいるという未来を見たというヴィジョンを見ました。未来とは常に絶え間なく揺れ動きます。ヴィジョンそのものがあてにならない事もありますが、今回は多少は当たっていたことになります。スノークを殺し、プレトリアン・ガード達も全滅させた後のつかの間の状況はまさに二人が観たそれでした。しかし本当にそれだけなのでしょうか?

カイロと違い、レイは明確にジェダイの道を進むことができますし、更にはこれまでの作品にはなかったジェダイ・オーダーの成功と失敗の両方を学ぶことができます。つまり光のみに特化するのでは失敗してしまうという事に気づき、フォースの真実に近づくことが予想されるのです。まさに上記の光と闇が共存する状態に、です。一方のカイロはシスになるつもりはなく(レイを勧誘する時にシス含む古いものは滅びるべきと言っているので)、師のスノークは死亡したのでレイと同じ境地に達するのは考えづらいです。つまり、レイとカイロがフォースにおいても真に同じ側にいるには、レイが改めてカイロに近づいていくという動きが必要になってきます。

 

カイロ・レンの結末は「救われる」事

f:id:the-Writer:20181123173346j:plain「救う」はシークエル・トリロジーを通して重要な要素であると思います。救われるのはもちろんカイロ・レンです。再三書いてきた通り、彼を怪物にしたのは彼の選択ではなく、環境でした。彼はそうならざるを得なかったのです。実は、僕はカイロ・レンがライトサイドに戻る必要はないと思っています。むしろダークサイドのままでも良いと思っているくらいです。レイとも最終的に恋仲になる必要もないと思っています。なら僕が考える彼が迎えるべき結末とは何なのか。

それは彼が自由の身となり、これから満足できる人生を送ることです。ハンとレイアの息子、ルークのパダワン、スノークの弟子……様々な立場を経験してきた彼ですが、そのどれか一つでも彼が心から望んだ立場だったのかは疑問に思っています。両親には向き合ってもらえず、ジェダイとは自分のフォースに沿った道筋とは少し違い、スノークの弟子に至ってはただの強力な武器としか見られていませんでした。先ほど「カイロ・レンという人格は、本来の自分を発揮できる器だった」のようなことを書きましたが、カイロ・レンという人格すらスノークの都合のいいように作られた人形だと思うのです。彼が真に必要とするものはもっと違うところにあると思います。

本当の自分を無条件に受け入れてくれ、愛してもらえる場所……ただそれだけです。本当に当たり前のような、普通のような幸せですがそもそも彼はその「普通」すら享受することができませんでした。レイへの誘いで「銀河を支配する」という野望を傍に置くと、残るのはこの純粋な願いなのです。逆にレイがカイロの誘いを蹴ったのは「銀河を支配する」という野望があったからであり、それがなければレイは(カイロの過去を知ったので)カイロを友達としてハグしたかもしれません。確かに彼はこれまで理不尽に苦しめられてきました。それによって怒りが生じるのも当然です。しかしその道筋はこれから変えることができると思っています。先ほど書いた通り、僕はカイロは暗黒面に身を置いたままでもいいと思いますが、それは彼が本当に満足し、心を満たされる場合のみです。

f:id:the-Writer:20181122214229j:plainスノークを殺し、ファースト・オーダーに君臨するというのは自分の意思で行ったことです。ある程度は満足もしているでしょう。しかし彼が現在所属しているファースト・オーダーに、彼を心から認め、受け入れてくれる人が一人でもいるでしょうか?そもそも彼は本当に最高指導者レンとして満足していられるのでしょうか?カイロ・レンというキャラクターのまさに複雑な箇所です。初代銀河皇帝にしてシス卿であるシーヴ・パルパティーンなら満足していたでしょう。彼はシスとしての正義以上に、元から人を虐げたり支配することに喜びを見出す人間です。しかし、カイロ・レンの中にまだ生きているベン・ソロは違います。カイロ・レンとして血塗られた悪行の数々に手を染めてきましたが、元々は繊細で心優しい少年だったはずです(これは勝手な妄想ですが……)。それが不幸な環境と不適切な指導によってゆがめられてしまっただけです。カイロの過去を考察した欄で引用したインタビューにはまだ続きがあります。

 自分を過去から切り離してしまえば、それは自分を騙すことになるし、自分が戻る場所を失うことにもなると思います。前進するには、レイがそうしているように、過去の上に道を築くしかないんです。」

出典:『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』は決して過去を葬らない ― 監督が語るテーマへの思い

 彼の周りを見渡せば、彼を愛してくれる人物はいます。ハン、レイア、ルークの3人は間違いなく彼を愛しています。ハンはカイロが自らの手で殺してしまいましたが、レイアはひたむきにカイロの帰還を願っています。そしてルークもそうです。f:id:the-Writer:20181122215513j:plainf:id:the-Writer:20181122215437j:plain「彼は救えない」と一見ベンの救済を放棄しているように見えて、実は彼にしっかり添い遂げる覚悟を決めていました。自らの過ちを心から悔いていますし、ここがアナキンを完全に放棄した師のオビ=ワンと違う点でもあります。また、彼は父・ハンと一緒に常にベンと共にあると言いました。つまり、自分はベンに取り返しのつかないことをしてしまったため、もはや自分にその償いはかなわないと受け入れたうえで、あきらめたり見捨てたりせずにフォースと一体化してなお彼のことを見守るという誓いなのだと思います。

ベンが救われるには、やはり彼自身の変化も重要であると思います。 これもまた当たり前と言えばそうなんですが、周りからがカイロへ手を差し伸べるという過程は必須なのですが、彼がその手をつかまないといけません。カイロが心変わりをし、救いの手をつかめるようになるにはどうすればいいのか?具体的な展開は脚本を書いたJ.J.エイブラムスとクリス・テリオの頭の中ですが、レイア姫とランド・カルリジアンがカギを握るのではないかと思います。

f:id:the-Writer:20181123175819j:plainまずランドです。現在未邦訳のスピンオフ小説『Aftermath: Empire's End(原題)』によれば、ベンの誕生祝に黒いマントを贈ったそうです。『ハン・ソロ』スピンオフ小説の『ラスト・ショット』では、ベンはランド・カルリジアンに懐いているという設定が明らかになりました。両親が自宅に不在の中、常に魅力的な笑顔を浮かべながら時々訪れてくるランドにベンが好意的な感情を抱いているのは何ら不思議ではないと思います。気さくに接してくれるランドにベンが「ランドおじさん」と呼んで好いている一方、ランドはルークやレイアよりもずっと前からハンを知っていました。ある意味実の両親よりもベンの心に深く入り込んでいるランドなら、ベンを破滅の道から引き戻すのに重要な役割を果たせると思います。

f:id:the-Writer:20181123182316j:plainやはり重要なのはカイロ・レンの中に残る母への情であり、それについては『エピソード8』劇中の分析で書きました。その情が『エピソード9』にて中心的な役割を担うのは、これまでの製作関係者の発言から裏が取れています。

ルーカスフィルム社長のキャスリーン・ケネディによれば、『エピソード8』主要撮影終了時、レイア姫を演じるキャリー・フィッシャーは「『エピソード7』ではハリソン(=ハン)、『エピソード8』ではマーク(=ルーク)が中心だったから次は私が中心になるべき」と言っていたそうです。キャリーは『エピソード9』はレイアの映画になることを希望しており、実際そうなるはずだったとケネディは認めました。

しかし残念なことに現地時間2016年12月27日に、キャリー・フィッシャーは亡くなられました。その時点で(前任監督による)『エピソード9』脚本は完成していましたが、必然的に1.レイアを中心に据えないよう脚本のリライト 2.脚本に沿ってキャリーの映像的な「蘇生」のどちらかになります。結果、監督はJ.J.エイブラムスに、脚本はエイブラムスとテリオになったことで『エピソード9』はレイア姫をしっかりと扱う方針になりました。キャリー・フィッシャーは『エピソード7』,『エピソード8』で撮影した映像を使うことで、『エピソード9』に「出演」するのです。

(↑ビリー・ディー・ウィリアムズ演じるランド・カルリジアンの再登場、マーク・ハミルの帰還も記載されていました)

尤も、キャリーの映像や発声はどの程度加工されるのかは不明ですが……。レイアが『エピソード9』の中心的な役割に重用されるという状況証拠的に、カイロ・レンとの間に素晴らしいドラマが生まれるのは間違いないと思われます。カイロが両親を「赦す」のかはわかりませんが、彼にはこの泥沼から抜け出してほしいです。今まで他人が自分の人生の主導権で大きな割合を占めていました。しかし彼には自分が所属できる場所があり、自分を愛してくれる人がいる、そんな人生を送る権利があると思います。『エピソード9』では生きて、あらゆるしがらみを捨ててようやく掴んだ自由な人生を送ってもらいたいです。

 

「家族」というものに対する個人的な考え

 このカイロ・レンというキャラクターの考察にあたって様々なものが見えました。ジョージ・ルーカスキャリー・フィッシャーが度々述べている通りSWとは「家族の物語」であり、それはナンバリングサーガには属さないアンソロジーである「A Star Wars Story」でも、色濃く物語の筋をなしています。シークエル・トリロジーでは、この家族(特に親子)というテーマに更に一歩踏み込んだ問題提起をしてくれたと思います。

僕がそこから見出したのは、「子どもの権利」「親の責任」という表裏一体の問題です。両親がいて子供がいる……いわゆる普通とされている家庭の形です。人間というのは生まれた時点で相当理不尽なゲームに参加させられていると思います。なぜなら人はいつ、どこに生まれたいか、そもそも生まれたいかというのを選べないからなのですよ。更に生まれてからは生物的な本能によって、生きるのをやめることすら困難です。両親に当たる男性と女性の明確に意思に基づいた行為によって新しい命が誕生します。その新しい命=子どもからすれば、人生という長く多くの困難が存在する活動に強制参加させられるわけです。よって、両親には子供に対する絶対的な責任が生じると思うのです。それは子どもの人権と尊厳を守り、常に最大限の努力を以ってその幸せを達成する事です。

そもそも家族とは何か、と考えてみました。僕の考えでは、家族とは人間が作りうる最高の信頼関係です。そこには、あらゆる損得勘定や欲望を超えた強い絆があります。なぜなら、家族に属する人間たちは互いを心の底から愛しているからです。ここまで気が合う仲間なのだから、常に一緒にいたい。そういう気持ちから家族は作られるべきです。よって家族とは血縁関係が先に来るべきものではなと思います。「家族だから」という言葉は良いことにも悪いことにも使われます。もし血縁関係が優先されるなら、そこには優劣関係が生まれる危険性があります。そして前述のとおり、子供からすれば気づけばその家族に生まれており、既にその一員に組み込まれています。それが子供を人として扱わない悪しき家族なら、その子供は非常に不利な状況にいます。僕は思います。子どもには自分らしく、自由に生きる権利があります。自分の人権や尊厳を尊重してくれない両親からは、逃げるべきです。血がつながっているから、という理由だけの家族は必要ありません。家族は一緒にいたいから家族なんです。自分を理不尽に虐げてくる実親よりも、自分を無条件に愛してくれる他人こそが、本当の親です。家族とは血縁ではなく、実践の結果なのだと思います。 

 

最後に

そもそもなぜトリロジーの中心を担う・世界的大ヒットシリーズ・ナンバリングサーガ完結編のヴィランがカイロ・レンなのでしょうか?今はレジェンズ(非正史)に分類された拡張世界(EU)は、『エピソード1』のはるか昔から『エピソード6』の「その後」の話まで、膨大な数の魅力的な設定が存在します。マーベル・スタジオが自社の原作コミックの設定を適宜汲み取り、映画独自の設定と組み合わせる事でマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)という世界観を築いているように、SWもそれができたと思います。『エピソード7』の新たなるヴィランは、・復活した古代最強のシス・帝国が密かに培養していたルークのクローン・流浪の強力なダーク・ジェダイなど……それっぽい設定はいくつか考えられます。しかし、「親」に見捨てられた子供というカイロ・レンこそがその役割を担いました。f:id:the-Writer:20181125124952j:plainなぜなら、家族や親子間に存在する歪みというのは世界中に存在する普遍的な問題だからなのだと思います。更に、SWとは基本的に若い世代を対象に作られています。すなわち作品が伝えるメッセージとは特にその若い世代に向けられたものです。大人になると、自分が持つ意見を変えるのは非常に難しいです。しかしまだ人格形成の途中であり、柔軟な思考を持つ若者ならその重要なメッセージを受け取ってくれます。「子供を持つというのは、軽々しく扱っていい行為ではない」「一度子供を持ったからには、自分の全てをかけてまで愛さなければならない」といった辺りでしょうか。この問題提起から、家族を扱った様々な議論が発展すると思います。 

ここに来て今更ではあるのですが、アダム・ドライバーは非常に素晴らしい演技でこのカイロ・レンという繊細で不安定な人物を演じていると思います。一見するとハリソン・フォードキャリー・フィッシャーに顔が似ているわけではないと思いますが、以前出した「SWのキャラクターとはその顔ではなく、内面が本質」という結論通り、こちらの予想を凌駕する数々の演技で、カイロの生々しさを見ている観客に伝えてきます。アダム・ドライバーのキャスティングは見事としか言えませんね……。マスクをかぶっている時はボイスチェンジャーのせいで祖父の「良い声」とは違うモゴモゴ声なので、何を考えているのか全く読めません。しかし一旦それを取ってアダム・ドライバーの顔に注目すると、その表情筋一つ一つが細やかで荒々しい感情の機微を伝えてきます。

僕が書いたベンの幼少期はマイナスな事ばかりになってしまいましたが、ベンの人生には100%嫌な事しか起こらなかったというわけではないと思います。やはり家族3人で笑った楽しい思い出もあるはずです。しかし結果として彼は大きな苦痛を理不尽に与えられ、ゆがんだ成長をしてしまいました。彼にはぜひとも救われてほしい、そう切に思います。僕は彼は両親のことを許さなければならない……とは思いません。受けた痛み、それを与えてきた人物を許すかどうかはあくまで被害者にかかっているからです。被害者と違う環境で育ち、違う考えを持つ外野が口をはさんで良い問題ではないと思います。それに赦さなくても、その感情と共存したまま生きていく事はできると思うんですね。f:id:the-Writer:20181127101414j:plainしかし、彼は両親に対する情がかすかに残っています。つまり両親のことが好きで、その愛を求めるベン・ソロがまだ生きているからです。カイロは改めて「ソロ」というアイデンティティーを受け入れるのか。レイやスカイウォーカーとはどう決着をつけるのか。彼はどこに向かっていくのか。J.J.エイブラムスとローレンス・カスダンがこのキャラクターを生み出したのは、家族の問題が世界中に存在する普遍的な問題だからであり、それに対する希望を与えたいからだと思います。ならば、『エピソード9』で彼は救われなければいけません。彼の救済を、そして今家族に悩むすべての人たちへの希望を、僕は待っています。『エピソード9』は来年12月20日に全米公開です。

 

 

 

 

 

f:id:the-Writer:20181127110516p:plain願わくば、いつか彼がこんな笑顔を自然に顔に出せる日が来ることを……(『エピソード8』映像特典より)

『ハン・ソロ』考察 ~それでもハンは、「良いヤツ」なんだ~

「勇気も、男気も、銀河一。逆境が心を熱くする。運命を賭けて挑む、超光速アクション大作。」

宣伝文句まで最高かよ。

f:id:the-Writer:20181108092539j:plainディズニーがルーカスフィルムを傘下に収めて以来SWは年末に公開されてきており、12月の風物詩といえばクリスマスとSW……といった感覚が身についてきた頃に、一年の半ば辺りの5月に公開されたのが『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』でした。『エピソード8 最後のジェダイ』の公開から約半年とかなり間隔は短く、この時期にSW新作を公開するのはかなり実験的な意図があったのではと思います。『エピソード8』が自分の中でも落ち着いたころに早速SW新作を迎えられるのは非常に幸せな体験でした!その分『エピソード9』は長く待たなければいけませんが……とはいえ現行三部作の最終作とともにジョージ・ルーカスが1977年に始めた9部作からなる壮大なサーガの完結編なので、それくらいの期間を設けるのは製作側にも観客側にも必要な期間かなと思います。

f:id:the-Writer:20181110185707j:plainハン・ソロ』はやはり冒険映画でした。全編通して笑顔になるような楽しい映画であり、とにかくアクションがいっぱいです。もうこれで終わりだろうと思うと更に展開が続くので最後の最後まで飽きないんですね。数あるSW映画の中でも『エピソード7』に並んでこれ一本で人に勧められるような単独作のつくりになっているのもうれしいです。また、キャラクター達が余すことなく魅力的でした。全員が生き生きとしており、その背景も想像が膨らむような豊かな演技です。何より事前の予想通りハン・ソロが最高過ぎた……いや、前から楽しみにしていましたし期待もかけていました。ここまでドツボにはまるとは……f:id:the-Writer:20181107181553j:plainハン・ソロ一人に注目しても俳優・脚本家・監督・撮影監督・コスチュームデザイナー・ヘアスタイリストなど大勢の人間の貢献によって、このキャラクター一人が作り出されていると思うともう本当に一人一人に握手して「ありがとう」「ありがとう」と感謝したい、そんなレベルです……。

f:id:the-Writer:20181110185808j:plain『ローグ・ワン』に続くアンソロジーシリーズ、「A Star Wars Story」第二作も大成功だと僕は思っています。僕がこれだけ夢中になったハンについて色々考えるうち、ローレンス・カスダンとジョン・カスダンが親子で書き上げた脚本は、往年のハンや未来の主人公たちのつながりなどを考え抜いた結果、ハン・ソロをより興味深く豊かなキャラクターにしてくれたと思います。今回はそれについてあまりまとまっていないかもしれないですが、「その後」のハンとも繋げてあれこれ語ってみたいです。 

 

ハンという夢みる男

僕はハン・ソロを『エピソード4』で初めて知ったのですが、第一印象はそこまでよくなかったんですね。やはり観客がルークと同じように感じるような演出がなされているのですが、人を小ばかにした無愛想な態度・目の前で困っている人を見捨てる無関心さ・過去について具体的に語らない謎っぷり・裏社会を飛び回る危なっかしい奴……かと思えばどこか子供っぽいし、盛り上がってくるとノリノリで参加してくるという行動原理がよくわからない、そんなキャラクターだったんですね。f:id:the-Writer:20181107095815j:plainその後『エピソード5』『エピソード6』『エピソード7』と観ていくうち、僕の中で愛着がわいて冒険には欠かせないメンバーになりました。それでも判然としないのがレイアがそこまで惹かれる魅力とは何なのか、なぜ反乱軍の将軍にまで重用されるのか、何より彼の人間性がイマイチつかめなかったんですよね。そこにあのハン・ソロの若かりし頃の日々を描く『ハン・ソロ』が来たので、もう僕はとにかく楽しみで仕方がありませんでした。予告で垣間見せるまっすぐで元気のいい雰囲気、より彼の人間性が見えてきました。

(そういえば劇場公開前にディズニー・スタジオ公式から公開されていた予告編たちが一斉に姿を消してしまいました。MovieNEX発売に移行したためでしょうか?)

そしてようやく『ハン・ソロ』を観に映画館の席に座った僕は、オープニングのテロップが終わり、ハンが映るファースト・カットでもうね、やられちゃいましたよ。どこか薄暗く危険な場所で一生懸命M-68の起動を図るハン。血が垂れる生々しい傷と「捕まったら殺される」といわんばかりの顔が彼のおかれている状況とその切迫ぶりを物語っていました。f:id:the-Writer:20181106215549j:plainなんとかアジトに戻ってきたハンはさっきまでの苦しさどころか笑顔を浮かべてキーラと話し、ついに今夜夢が叶うと言います。このどん底のような生活から抜け出す一筋の光に、二人の恋人嬉しそうに未来を語るシーンが非常に胸に来ました。「あの無愛想なハンって昔はこうだったんだ……」ともう冒頭10分で涙腺崩壊です。キーラとM-68でアジトを抜け出す時、レバーを倒して明るい外へ向かうカットがまさしく彼の未来へ向かって突っ走っていく様子をそのまま表しているようで。もうこの時点で明白なのですが、ハンって昔から無茶してバカをやる男ですけどもっと感情を表に出す人間だったんですね。そして何より自分の信じる夢を全力で信じてる。夢を信じてるからこそ突拍子もない動きに果敢にも出られる。その自信が顔に出てニンマリとした笑顔を形作る(こんなに明るい彼なので、キーラと引き離された時の叫びと顔が悲痛すぎました……)。f:id:the-Writer:20181110185739j:plain「チャンスはあるうちに使え」というのは僕の好きな言葉ですが、今作のハンはまさにそれを体現しています。大胆にもM-68を盗み出してキーラと脱走を図り、飢えたチューイのいる独房に閉じ込められても自身の知識を総動員して意思疎通を図り、ベケット一味に入れてもらおうとめげずに追いかけ続けます。とにかくできることは何でもする、逆境でこそ輝くこのまっすぐな姿勢に非常に胸を撃たれました。f:id:the-Writer:20181107193212j:plain最初のコアクシウム強奪ミッションが失敗し、ベケットにギャングの現実を教えられつつこのまま逃げる選択肢を与えられても、それでも命の危険と隣り合わせの一獲千金のチャンスに飛びつきます。「もしどうにか埋め合わせ出来たら、金は手に入る?」「ならやる価値ある」と言うハンの顔がまぶしくてたまりません。f:id:the-Writer:20181110185844j:plain(↑重力井戸の強力な引力を振り切って光に一直線に飛んでいくファルコンがまさしくハン・ソロを表しているようで泣けます)

そしてハンはいちいち感情表現がかわいい。自分で言ったことにウンと頷いたり、ランドに「失礼」と言われた時の「なんだよ~」と言わんばかりの笑みだったり、コアクシウムを乗せた台車を押す時のウーンという顔だったり。あ、あと隙あらば人のことを指さします。とにかくオールデンのハンが可愛すぎるのでロン・ハワード監督が撮影したハンの映像をいつかすべて公開してほしいですね……予告編やTVスポットという公式に公開されたものだけでも本編に存在しない映像やセリフが大量に存在するので。f:id:the-Writer:20181107193251j:plain

ハンは細かいことはあんまり気にしなそうな性格をしています。なのでオシャレにもあまり頓着していなさそうです。ファッションに注目してもハンは昔からハンなことがわかります。薄暗い上に青一色の照明で分かりづらいですが、コレリア時代のハンを見るとベスト・長袖Tシャツ・バーコード状の模様がついたズボン……以前からハンというキャラクターを知っているファンならピンと来る通り、オリジナル・トリロジーにおけるハンのファッションそのまんまなんですよね。f:id:the-Writer:20181106231248j:plainその後、ハンはベケットに拾ってもらって帝国軍から脱走した際に新しく得た服を得ます。本編のほとんどを通して着ることになる衣装ですが、ジャケット・長袖Tシャツ・バーコード状の模様がついたズボン……これまたお馴染みの組み合わせです。『エピソード4』~『エピソード7』までは白あるいはベージュといった明るい色のシャツだったので、今作ではそれを反転させたといわんばかりの黒シャツを一貫してきていますね。f:id:the-Writer:20181106232357j:plainそして本作最後に来ている服なのですが、またしてもベスト・シャツ・ズボンという組み合わせながらよくよく見てみるとベストがあの『エピソード4』で着ているものと同一です!この時の彼の服装がほぼ黒一色な事から本編の映像ではわかり辛いので、スチル写真をどうぞ。この写真や、本編でハンの背中が映るシーンを『エピソード4』の映像と見比べてもらうと同一デザインのベストということが確認できると思います。f:id:the-Writer:20181106230425j:plain後にレイアに「(また)同じジャケット」と言われますが、いくらオシャレに興味がないとはいえまさか一つのベストを10年間来ているということは無いですよね……実際レイアに上記のように言われた時には「いや、新しい」と返していますし。もしハンがランドのようにいちいち見栄えを狙った服装を考えるのが面倒で同じデザインの服を何着も持っていたとしたら、『エピソード5』ラストのシーンも説明がつくと思います。ベイダーの罠にはまり、カーボン凍結されてタトゥイーンに連れ去られたハンを追ってランドとチューバッカがファルコンコクピットに座っているシーンです(ランドはL3との再会ですね!)。f:id:the-Writer:20181106232035j:plainここでランドはいつものようにカラフルで洒落た格好ではなく、ハンと同じベージュのシャツに黒いベストです。最初は「さっき裏切ったハンと同じ格好をしてファルコンの操縦席に座るってチューイが許してくれるのか?」なんて思いましたが、考えてみるとランドはほとんど時間がないまま着の身着のままクラウドシティを脱出する羽目になりました。よって折角そろえた数々の服も持ち出せず、やむを得ずファルコン内にあったハンの服を一着借りた……という感じだったのかもしれませんね。ちょっと脱線しちゃいました(汗)

『エピソード4』にて何とかファルコンでデススターから脱出し、追撃してきたTIEファイターも撃墜したところで小休止が入ります。ファルコン内のコックピットでハンとレイアは少しは落ち着いた状況で会話ができるようになりましたが、ハン・ソロ大義のための戦いへの無頓着さが浮き彫りになるものでした。コクピットから去り際にレイアはルークに以下のように言います。

「あなたのお友達は金の亡者ね。誰のことも何であっても気にかけない……」f:id:the-Writer:20181106232823j:plainここで僕は待て待て待てと待ったをかけたい。確かにこのハンってば感情表現がアレだから嫌な奴に見えますけど違うんですよ。思わずレイアにとくとハンの身の上話を語って聞かせたい衝動にかられます。

ハンは夢みる純粋な男であり、瞬時の機転と天性のセンスをもっていると同時に、もう一つ重要なものがあります。もしかしたらこれこそハンの本質かもしれません。それは、”Good guy”「良いヤツ」であることだと思うんですね。一緒に銀河を飛び回ると約束していたキーラが僅差でホワイトワームズにつかまった際、「必ず戻る!絶対戻るからぁぁっ!!」と誓います。f:id:the-Writer:20181107193408j:plainその場の勢いもありますが、銀河を支配する銀河帝国に迷わず入隊しました。それもいつかパイロットになって自分の船をもってコレリアにキーラを助けに戻る、という明確な夢があってのことです。削除シーンの「ソロ士官候補生」に詳しく描かれていますが、せっかく入った帝国軍のアカデミーをハンは追放されミンバンの過酷な戦場に左遷されます。本人は「自分の考えを持ったら追い出された」と語るこの騒動ですが、そもそもその発端となった事件は同じ部隊に所属する仲間を助けるために規律違反の行動をとったためでした。f:id:the-Writer:20181110185812j:plain(↑「誰も気にかけない」ならこんな顔をするでしょうか?)

いざケッセルでコアクシウム強盗ミッションを働くとき、明らかに計画外で余計な動きを見せるチューバッカにも貴重な武器を渡します。ランドがL3を助けようと危険地帯に飛び込んで負傷した時にもハンは悪態をつきつつ果敢に救出に向かいます。そして何より最終的にエンフィスの元にコアクシウムを持ってきました。ドライデンの抹殺・キーラの解放という野心も大きく動いたからというのもありますが、彼のことですからどこかで実は苦しむ人々をそのまま放ってはおけないと感じ、それでも義賊らしくそれは表に出さなかったのかなと思います。この内に秘める正義こそハンをハンたらしてめているのではないでしょうか。

 

トバイアス・ベケットの影

f:id:the-Writer:20181107181810p:plainコレリア時代のハンは19歳なのですが、『エピソード4』時のルークと同い年なんですよね。二人ともいつか広い銀河に飛び出して色々なものを見て回りたいと夢見る少年だった……というのは意外な共通点です。元来の性格や育った環境もあるとはいえ、一方のハンはなぜあの無愛想なキャラクターになったのかが本作の見どころでもあります。

先ほどまでハン・ソロの「ハン」の部分について語っていたとすれば、ここでは「ソロ」について語ることになります。元々ハンは実質孤児ともいえる境遇であり、家族や所属を示す名字を持っておらず、ただのハンであり何者でもありませんでした。つまりハン・ソロもかつて、『エピソード7』から始まる三部作に登場するレイやフィンと同じだったわけですね。f:id:the-Writer:20181107192756j:plain僕にとって『ハン・ソロ』とはハンという男がいかにしてソロという名字をものにするか、という側面があります。原題は”SOLO”ですし意外と間違ってはいなんじゃないかと。ソロという名字は帝国軍の新兵徴募将校がその場でテキトーに付けたものなので、ソロという名ににいかにして意味を見出し、ハンはハン・ソロとなっていくか……そこに大きく関与しているのが、ハンのメンターとなるトバイアス・ベケットです。f:id:the-Writer:20181107192926j:plain「ハンのメンターとなる重要キャラクターとして、ウディ・ハレルソンがキャスティングされた」という報道を聞いた時には思わず膝を打ちましたね。あのハリソン・フォード演じる伝説的なキャラクターの師匠となる大役を、相応の貫録をもって演じられる俳優は彼くらいしかしっくりきませんでした。

f:id:the-Writer:20181107213151j:plainハンがベケットに運命的な出会いをしたのは地獄のような戦場です。ハンが仲間のために規律違反をして左遷されていなければ、無謀な作戦を強行して眼前で死亡した上官の指示に盲従していれば、決して出会うことはなかった人物であり、個人的にこの偶然性の面白さを感じます。重厚な射撃音を放つブラスターを2丁拳銃を華麗に使いこなす姿は瞬時にその道のプロであることを語り、ハンも本能的に上官として信頼できると確信しました。節々の会話からハンはベケットが帝国兵を装った犯罪者集団であることを見抜きますが、それでも仲間に入れてもらおうと奮闘します。どんなに邪険に扱われても一度なついた犬のように、ハンは忠実にベケットの後を追います。自身が死ぬまで使い続けることになる愛用のブラスターDL-44も、このベケットから託されたものということが判明しました。

せっかくハンとチューイという戦力を増やしてなお、ドライデン・ヴォスに課せられたコアクシウム強奪ミッションは失敗し、「ファミリー」と呼べるくらい大切な仲間であるリオとヴァルが命を落としました。以降はハンとベケットは曲がりなりにもお互いに心を開き、一種の親子のような関係を築きます。ハンは「誰も信じるな」という教えや裏社会での立ち振る舞いを学び、ベケットはこの無鉄砲な若者の中に一種の希望のようなものを見出したのかもしれません。

f:id:the-Writer:20181107214030j:plainしかしハンがいざ入手した100kgの精製コアクシウムを使ってドライデンを出し抜こうとしたところ、ベケットが予想外の動きを見せたことは本編で描かれた通りです。なお、その更に裏をかいたハンは見事にベケットの教えをものとしており最終的にベケットを「先に撃った」のです。死にゆく「父」にその成長を認められ、ハンはその自分の腕の中でその最期を看取りました。リオとヴァルを失い、L3を破壊され、ランドには逃げられ、ベケットを自分の手で殺し、ついにはキーラにも去られたハンは本当にソロ=独りになった……それでもチューイだけは傍らについてくれるからこそ、この二人の普遍の絆の堅さがわかりますね。

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以下、『ハン・ソロ』から『エピソード4』までの10年間に関する妄想です。ミレニアム・ファルコンもきっちりランドから取り上げ、こうしてハンはチューイと共に裏社会でアウトローとしての第一歩を踏み出すことになりました。ケッセル・ランを12パーセクでやってのけるほど飛びぬけて優秀なパイロットであるハンは、最初は雇い主に「生意気な小僧」だと鼻で笑われても優秀な仕事っぷりで返します。常にスリル満点の冒険を求めるハンには、この密輸業者という仕事はまさに天職だったのだと思います。しかし彼が渡り歩かないといけないのは誰が敵かわからず、常に自分の背後を警戒していなければ生きていけない危険な世界……それがSWの裏社会であるアンダーワールドです。密輸業者として腕を上げていくハンですが、とても几帳面とは言えない性格のため、色々適当な口約束もしてしまいます。で、危なくなったら得意の口八丁や機転を利かせてその場を逃れると。大量に恨みも買ったことでしょう……。そうしているうち、かつてのように感情のままに突っ走っていてはうまくいかない事を悟ります。感情を隠し、時には冷酷になり、敵を出し抜かないといつ背中にブラスターの銃口が押し当てられるかわからない……。f:id:the-Writer:20181107221319j:plainあの満面の明朗な笑顔は徐々になりをひそめ、どちらかというと冷笑的で皮肉のこもった笑みになり、無条件で夢を信じられる自信家だった性格は経験に裏打ちされて更に自信家に。僕はこうしてハン・ソロとしての人格が出来上がっていったのではないか、と思います。望み通りアウトローになったハンですが、その代償としてかつての自分を押し殺して生きることになりました。ハンは大人になり、現実を悟ります。この弱肉強食の世界では純粋に夢を追いかけているだけでは生きていけない。もう自分がそうやって生きていくことは無い……。そして自分がこの世界に足を踏み入れてから丁度10年後、奇しくもかつてベケットが向かおうとしたタトゥイーンで、ハンはモス・アイズリーの酒場にいました。いつものようにまた借金に追われてどうするか悩んでいたところに、相棒のチューイが一風変わった依頼人を連れてきます。f:id:the-Writer:20181107221020j:plain薄汚れた身なりのうさんくさい老人と少年です。不敵な条件を提示する老人と、生意気にも「自分で船なんて飛ばせるさ」とつっかかる少年に対する態度は、もうかつての自分ではなく、厳しさと冷たさを持つプロの対応でした。この時はまだこの二人がどれほどすさまじい人物であり、これから銀河を変えていくかをハンはまだ知りません。この出会いがどれほど重要であり、自分の道を変えていくかも知りません。帝国の追撃を逃れ、ハイパースペースに飛んだファルコン内でオビ=ワンはルークにフォースの手ほどきを受けさせています。この10年間でハンはかつてコレリアで恋人のキーラに語っていたように「銀河を飛び回って」色々なものを見てきましたが、それでもフォースの存在を信じません。ブラスターと策略、そして権力がものをいう世界に生きてきたから必然とはいえるのですが、フォースを笑い飛ばします。f:id:the-Writer:20181108095445j:plain自分が初めてギャングの仕事をし、結果としてそのボスを殺害して囚われていたキーラを解放したと思ったら、理由もわからないまま彼女は去っていきました。ボスと思われていた人物の上には更に上がいて、彼は暗黒面のフォースと深紅のライトセーバーの使い手として犯罪組織の頂点に君臨していました。「このままハンと逃げても、フォースの使い手は不可能なこともやり遂げる。いつか絶対に見つけ出され、殺される」と思ったのか、言われた通りにダソミアに向かいます。所詮ただの人に過ぎない自分はフォースの力にはかなわないと悟っていたのでしょう。ハンを想うからこそ自分を犠牲にし、せめて自分が最後にできる事としてハンを守ったと言えます。そのような事情はつゆ知らず、フォースの存在を笑い飛ばすハンの笑顔が非常に切なく思えますね……。

 その後デススター内に足止めされた時は得意のドタバタでどうにかレイアを救出し、脱出(唐突にストームトルーパーの軍団にアアアァァァァァーーーーーと突っ込んでいくシーンも、彼が地獄のミンバン上がりということを知っていると頼もしく見える不思議)。f:id:the-Writer:20181108132559j:plainようやくヤヴィン4にたどり着き、反乱軍はスカリフからデススターの設計図を手に入れました。ハンは約束通り多額の報酬を受け取ります。ここで強者がすべてを手に入れる厳しい現実を生きてきたハンと、フォースと共にまっすぐ大義を信じるルークとの間に衝突が生じました。なんだかんだでパイロットとしても優秀なルークをハンは気に入っていました。ルークが去って行った後ハンはふと思い出したのではないでしょうか。巨悪に立ち向かうため、無謀な戦いに身を投じる若者と技術と経験を併せ持つプロの大人。個人的には密輸業者として独り立ちしたハンはベケットに似ていると思います。年下の人間のことを"kid"と呼び、強かにアンダーワールドを渡り歩く男……。『エピソード4』のハン・ソロはまさしくベケットを師匠に成長したハンなんだと思います。f:id:the-Writer:20181108131641p:plainここでルークもろとも反乱軍を見捨てれば、かつてサヴァリーンで自分を見捨てたベケットと同じになる、そう思ったのではないでしょうか。自分がルークのような時代があったからこそ、心が揺さぶられる。ハンは無意識のうちに、ルークのうちにかつての自分を見ていたのかもしれませんね。

ハン・ソロベケットではありません。「新たなる希望」と出会ったことで、現実を学び夢が薄れていたハンの中で、あの時の情熱と希望がよみがえったのではないか。こう考えると、デススターのトレンチランで窮地に陥っていたルークを、アウトローらしく予期せぬタイミングで助けに駆け付けたミレニアム・ファルコンが非常にアツく思えます。今にもL3のリベリオーーーーン!!!という声が聞こえそうであり、この銀河の運命を決定する戦いの最中にノリノリでイヤッホウッ‼とファルコンを操縦するハンにかつてのハンが重なって見えます。ハン・ソロはかつて出会った勇敢な反乱者のエンフィスが言ったように、こうして自身も反乱者としての第一歩を踏み出したのだと思います。

 

ダイスを転がした先で

ハン・ソロが恋した相手はレイアが最初ではありませんでした。キーラと二度も引き裂かれてしまったのはハンにはどうにもならなかったまさに悲劇としか言えません。ここで改めてハンが恋した相手がなぜレイアだったか考えると、彼の成長がわかると思います。

f:id:the-Writer:20181110195550j:plainキーラとレイアをみていると、二人とも頭が切れ、気丈さを併せ持つ似た者同士な女性です。しかし一つ決定的な違いがあるとすれば、それは「自分よりもはるかに巨大な悪に直面した時にどうするか」という事ではないでしょうか。キーラはとにかく「生き延びるため」、どんなに汚い泥を被ることも厭いません。その点レイアは小説『オルデラーンの王女』やアニメ『反乱者たち』と『エピソード4』で描かれている通り、自分の死をまるで恐れずとにかく大義を信じて戦い抜く心構えです。どちらが優れているかというわけではなく、同じ勇敢さという部類でもここまでベクトルが違うのは興味深いです。キーラとの会話の節々から、そしてキーラに去られてようやくハンはキーラが裏社会という泥沼から逃れられなかったという事を察したのではないかと思います。f:id:the-Writer:20181110195657j:plain一方レイアはどんなに傷つけられてもそれをこらえて前に進み続ける人間です。ハンのレイアへの恋は、キーラをないがしろにしているわけでもレイアの中のキーラに恋しているわけでもないと思います。レイアの屈しない心、正義を信じる気質にこそハンは惚れたのではないでしょうか。

コレリアから始まった泣いて笑った冒険の日々も、スターキラー基地で終わりを迎えることとなります。フォースの暗黒面を覚醒させた息子の手によって殺害されるというあんまりな結末は、ある意味壮絶なハンの人生にはふさわしい幕引きだったかもしれません。しかし『ハン・ソロ』によって、ハン・ソロもまたがむしゃらに突っ走った日々があり、一生懸命に生きた一人の男ということが分かった今この展開があまりにも悲しすぎます。あの元気でとんでもないミッションの数々をこなしてきたアイツは殺されてしまい、もういない、という喪失感。それでも十字のライトセーバーで自身の父を貫いたカイロ・レンのことを、僕は恨んだり怒りを向けたりすることができません。その理由を語るのはまた別の機会に譲るとして、このシーンにこそハンの本質があるという事、そしてハンの死はただ悲劇的なだけではないという事を書きたいと思います。f:id:the-Writer:20181108213254j:plainf:id:the-Writer:20181108213256j:plainかつて「父」を殺した自分が、息子のその手によってその生涯に幕を閉じる……あまりにも皮肉で悲劇的すぎる結末です。父が裏切ったからこそ殺さざるを得なかったのに、気づけば自分の息子に向き合わないことで裏切っていた……。ハンは光刃に腹を貫かれて驚きこそすれどその顔に怒りといった攻撃的な感情は一切ありません。「赦してほしい」、そんな顔をしているように思えます。息子の顔に優しく触れ、ハンは最後の息を吐いて奈落の底へ転落しました。『ハン・ソロ』を観てからことさら思ったのですが、やはりハンは最後まで良いヤツだったのではないか、と。決して自分の息子や状況を恨まず、自分の積み上げてしまったツケを受け入れ、死の瞬間まで息子に優しい愛情と謝罪を向けていたのではないかと。それでもベンがハンを許すかどうかは別問題というのがまた悲しいですが……。とはいえ人物の死が本当の終わりではない、というのはSWでは特に顕著だと思います。例えばアナキンに比べると言及が少ないパドメも、ルークやレイアはふとした瞬間にその面影を想起させたりパドメらしい大胆さで行動を起こしたりします。チューイやレイア、ルークを置いて独りで逝ってしまったハンですが、彼を覚えており、彼に影響された人が生き続ける限りハンは生き続けると言っていいでしょう。

 米国本国のSW公式サイトで、『エピソード9(仮)』のキャストが公式に発表されました。その中に、「ビリー・ディー・ウィリアムズがランド・カルリジアンの役を再演」とあります。

f:id:the-Writer:20181110201539j:plainハン・ソロ』で描かれた通り、ヴァンドアのフォートイプソで出会った二人は作中通してずっとお互いを信用していない危うい関係でした。しかし、それから13年もたつと気づけばある程度確固とした信頼関係を築いているように見えます。『エピソード6』では連携作戦を成功させることでついにエンドアの戦いに勝利し、もうお互いに悪友という名の親友となったと言えるでしょう。『エピソード6』~『エピソード7』の間の空白の30年はあまり多くは語られていませんが、小説『Aftermath: Empire's End』,『ラスト・ショット』にてランドと父親となったハン及びベンとの関係が断片的に語られます。相変わらずイカサマ師な彼ですが、ベンの誕生日祝いにマントを送ったりとハン,レイア,ベンのソロ一家と良好な関係を築いていたようです。f:id:the-Writer:20181109193056j:plainルークやレイアはハンを一見「嫌な奴」に見える時期からしか知りません。しかし、ランドは快活だった(キーラと一緒だった)時代からハンを知っています。そして彼はその息子であるベン・ソロを赤ん坊のころから知っており、ソロ親子に関してここまでよく知っている数少ない人物がランドなのですね。『エピソード9(仮)』でランドが何らかの形でベン・ソロを正しい道に戻るのに何かしらの形で関われば、ハンも報われるのではないかと思います。

音楽面でもひそかに期待しているのが「ハン・ソロのテーマ」が『エピソード9(仮)』で一回だけでも流れないか、という事ですね。『エピソード9(仮)』でも音楽を担当するジョン・ウィリアムズは『ハン・ソロ』のためにわざわざハンのテーマ曲を書き下ろしました。一番わかりやすいのは劇中でロゴが堂々と出るところですね、景気よく流してくれます。その他にも要所要所のタイミングで的確に流れることでハンというキャラクターをより印象付けていますね。『エピソード9(仮)』では例えばランドがハンについて言及する時、かすかにでも流れてくれれば……。

 

もっとハン・ソロをくれ

f:id:the-Writer:20181109201320j:plainハン・ソロ』にて若きハンを演じたオールデン・エアレンライクは3000人以上の候補者の中からこの大役を勝ち取っており、その実績に見合う素晴らしい演技を披露してくれました。彼は『ハン・ソロ』含む3作品分への出演契約をルーカス・フィルムと結んでおり、本人にハン・ソロを再演する意志はあるという事になります。そのオールデンの演技の指針となる脚本は、『エピソード5』,『エピソード6』,『エピソード7』と脚本を担当したローレンス・カスダンとその息子であるジョン・カスダンが書きました。

f:id:the-Writer:20181109201410j:plainそのジョン・カスダンがTwitterで述べるところによれば、やはり興行収入の問題から続編をすぐに実現するのは難しいのだそうで……。しかし、監督を務めたロン・ハワードもSW映画をまた監督することに意欲を見せています。Twitterでは#MakeSolo2Happenというハッシュタグもありますし、ドナルド・グローヴァー演じた若きランド・カルリジアンにも絶賛の声が数多く集まりました。前々から思っていたのですが、ハン・ソロをまた観るのにその形式は別に映画である必要はないのではないでしょうか?

preview.disneyplus.com

今年の米国時間11月8日、ウォルト・ディズニー・カンパニーは同社が独自に開始する配信サービス「Disney+」を発表しました。2019年末から始まる本サービスは、今までディズニーが買収してきたマーベル・スタジオやルーカス・フィルムのコンテンツも配信する予定です。具体的には、SW史上初のTVドラマシリーズの独占配信も行います。

Disney+で配信が決定しているSWのTVドラマは『ザ・マンダロリアン(原題)』と、キャシアン・アンドーを描くドラマの二つです。NETFLIXの台頭により、ドラマとは一週間に一度の放送を待ちわびるものではなく、毎月定額払うことによって一気見するものという認識が広まっています。つまり映画よりも長い物語を楽しめる新しい形態の視聴サービスです。

製作費について調べてみると『エピソード7』は約2億4500万ドル、『ローグ・ワン』は約2億ドル、『エピソード8』は不明、『ハン・ソロ』は約2億5000万ドルでした。一方の『ザ・マンダロリアン』は全10話でおよそ1億ドルと伝えられています。製作費は映画より安く、映像は映画よりもたっぷりあり、そして配信開始と同時に手軽に観られる……などなど、年に一度の公開で他のスタジオとの競争もある映画公開という形と比べるとかなり好条件がそろっていると思われます。

このストリーミングサービスならオールデン演じる若きハンをまた観ることができるのではないか、と僕は思っています。一番望ましいのはハン・ソロ主演のドラマが実現する事ですね。もしくはドナルド・グローヴァーが『アトランタ』での才能を活かして自身が主演・脚本・製作・監督を務める『カルリジアン・クロニクル(妄想)』でガッツリハンが関わってくるでも(ランドは嫌がりそうですけど)。『エピソード4』に至るまでのハン・ソロには語られるべき物語がまだまだあるように思います。

f:id:the-Writer:20181110184154j:plain『ザ・マンダロリアン(原題)』は『エピソード6』から3年後が舞台とのことですが、若きキャシアンが活躍する時代はまさに『エピソード3』~『ローグ・ワン』の時期に思いっきり重なるんですよね……。反乱ネットワークの情報員「フルクラム」として活躍していたキャシアン・アンドーは、その軌跡で数々の「反乱者たち」と接触していても何ら不思議ではありません。言い方を変えれば『反乱者たち』,『ハン・ソロ』,『ローグ・ワン』(小説『ターキン』はマイナー過ぎますかね』)のクロスオーバーが実現する可能性があるのです。『ローグ・ワン』ではヤヴィン4の反乱同盟軍本部にてヘラの名前が放送でかかりましたし、そのようなささやかなものでも僕は飛び上がって喜ぶと思います。

2018年時点で全10作あるSW実写映画では『ハン・ソロ』の興行収入は第9位と不本意な結果に終わってしまいました。あくまで個人的に作品の出来は素晴らしいものと思っており、やはり公開の時期がまずかったのかなと思います。SWの世界はまだまだ面白いものがいっぱい存在していると思うのでそれを探求してくれるのは大歓迎です。『エピソード8』を手掛けたライアン・ジョンソンが脚本・製作を務める新しい三部作や、『ゲーム・オブ・スローンズ』の脚本・製作を務めたデヴィッド・ベニオフ&D.B.ワイスコンビによる映画シリーズも非常に楽しみにしています。今までは「A Star Wars Story」に頼るか、まだ公開時期も発表されていない上記の映画群を心待ちにするしかありませんでしたが、「Disney+」には考えるほど膨大な可能性が眠っていることに気づきます。日本ではどのような扱いになるのでしょうか?今後の動向に期待したいです。

 

最後に

f:id:the-Writer:20181110185917j:plain『エピソード8』を経て『ハン・ソロ』を観るという流れにはアツい流れを感じていました。『エピソード8』は「一人一人がそれぞれの背景を持ち、その時を生きる人間であり、主人公になれる」と提示してくれ、まさにその理念を映画化してくれたような「A Star Wars Story」として公開された『ハン・ソロ』。それを観て僕は思いました。「ああ、今までなんか嫌なヤツだと思っていたハン・ソロこそ、予想だにしない過去があったんだ。彼もがむしゃらに夢を追って生きていた一人の男だったんだ」と。僕は今までSWの世界観や物語に夢中になっても、特定のキャラクターがすごい好き……という事はありませんでした。オールデン・エアレンライクのハン・ソロは僕が初めて、ここまで熱中できたキャラクターなんです。

 

 

 

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まあ、結局

ハン・ソロ、最高!!!

 

本当に面白い映画が、また一本増えました

 

僕が映画館に行くのは面白い映画が観たいからです。

「面白い映画が観たい」、その思いには新しい映画を開拓するという面があります。自分が初めて目にする映画が楽しめるかどうか、以後「面白かった」として心に残るかどうかは観終わるまでわからないので映画館に行くのは僕にとって一種の賭けでもあります。最近はかなり「面白かった」と言える映画に恵まれてますが、やはり「うーん…」といったものや「お金払った意味、無かったな」と思ってしまうようなものにも逢ってきました。それでもDVDが出るまで待たずに映画館にちょくちょく行くのは、やはりあの環境が味わいたいのが大きいですね。ポップコーンなど映画館の心地よい香り、ゆったりとした座席、一たび上映が始まれば視界に映画しか入らない劇場、映画に極限まで没入できる音響……この環境の中で観た面白い映画は思い出として自分の中に残ります。劇場公開が終わると、DVDをレンタルして家で観るという流れは同じでも、この映画館で観たという思いでがあるとないでは、いつもの家のテレビなどで再生する時の感触が圧倒的に違うんですね。

そんな思い出の映画に今名を連ねるのがバーフバリです。元々名前はTwitterなどの口コミで知っていたのですが、そのあまりの熱狂ぶりと具体性のなさにわざわざ劇場に行くのは敬遠していたというのが正直なところです。いや、だって、観た人全員が「バーフバリ!バーフバリ!」しか言わなくなるんですもん……(´・ω・`)

それとインド映画という勝手な偏見も邪魔をしていました。それでも一応Youtubeで「『伝説誕生』ダイジェスト映像」や「バーフバリ万歳」などはチェックはしていました。最近の気になる映画も一通り観ましたし、今年は12月にSWがありません。『アベンジャーズ4(仮)』はタイトルすらわかりませんし、その中で公開されたのが『バーフバリ 王の凱旋<完全版>』でした。敬遠しつつも好奇心は少しずつ積み重なっていた映画なので、よしいっちょ観に行くかと割と平静な気持ちで行きました。折角だしノッてみようと。IMAX、料金は高いですがその体験はそこでしか味わえず、映画によっては非常に高い満足度を得ることができます。『ブラックパンサー』の時は、本当にワカンダに入国したと錯覚するほどの没入感でした。経過を端折ると、観に行った一週間後には手元に『バーフバリ 伝説誕生』と『バーフバリ 王の凱旋』のBlu-rayがありました(`・ω・´)f:id:the-Writer:20181113204415p:plain観た方が何度も口にする「バーフバリ」とは人名でした。古代インドに存在した都市国家、マヒシュマティ王国の王家の血筋たる名字。バーフバリという名を冠する映画は2部作であり、いわゆる前編と後編にあたります。描かれるのは父と息子がそれぞれ送った、仲間と共に数々の戦いを駆け抜けた壮絶な人生の軌跡でした。

2作まとめて感想を書くと、「すごい面白かった」これに尽きます。「インド」「ボリウッド」「長い」といった偏見は開始3分で吹き飛ばされ、ハリウッドに全く引けをとらないこの世界にすぐさま夢中になってしまいました。壮麗で美しい風景・個性と背景を持つ登場人物たち・盛り上がる音楽・小気味のいい軽口の会話・テンポの良い編集・アツいバトル・感情をあらゆる方向に揺さぶる展開・豊かな物語。f:id:the-Writer:20181113213552j:plain面白い映画の全てが詰まっている。その全てが圧倒的な熱量で描かれ、最初から最後まで統一されている。これは純粋な娯楽大作だと思いました。この事前に自分の中で作り上げていた壁が、その映画のすさまじい面白さに圧倒される感覚、『七人の侍』と全く同じ現象です。

民の圧倒的な支持を受ける父アマレンドラと、民と共に生きる息子マヘンドラ。この二代の物語が映画二本分にわたって描かれるのですが、その順番は一般的な時系列順ではなく多少のシャッフルが入っています。結果として、どちらから観ても構わない作りになっていると感じました。また、元々二部作として構想されているだけあって、『伝説誕生』と『王の凱旋』にはそれぞれ互いにリンクし、補完しあう箇所があらゆるところに配置されています。よってどちらから観ても、一周観るだけでは監督が意図した展望には到底気づけないような周到な作りになっており、一周どころか何度観てもその興奮が薄れることは無いんですね。f:id:the-Writer:20181113203200p:plainf:id:the-Writer:20181113203204p:plainリアルタイムでこの映画に出会えて本当によかったなと思います。やはり観てやっとわかったのですが、この映画をレビューしようとすると、その圧倒的な熱量のせいで「主人公が槍を振り回したら敵が5人くらい吹っ飛んだ」という面白い感じの文章になってしまいますし、カリスマ性溢れる主人公がカッコよ過ぎて、観た後は「バーフバリ!バーフバリ!」と称えたくなるんですね。『王の凱旋』予告編での「空前絶後のアクション」「豪華絢爛な歌と踊り」「常識破壊のインパクト」「映画の神様は本当にいた。」という宣伝文句、正直大げさすぎてむしろ安っぽく感じていました。しかしそれは煽りではなく、逆に本編が宣伝を超えてきました。宣伝だけでなく、ファンの熱狂的な要望に応えて『伝説誕生』と『王の凱旋』を完全版を上映し下さった配給会社のtwinさんには本当に感謝です……。

f:id:the-Writer:20181113213619j:plainSWやアメコミ映画、筋肉映画が好きな方はまず間違いなくハマるのではないでしょうか。それにバーフバリはアクション超大作というだけでなく、その物語の流れそのものが哲学的・神話的な側面もあり、更に幅広いジャンルの観客が楽しめるようになっています。ここ数年、『シン・ゴジラ』『新感染 ファイナル・エクスプレス』『ブラックパンサー』など、それぞれ登場する国を前面に出した映画がヒットしています。これは素晴らしい流れであると思いますし、バーフバリも見事にこの流れにのりました。いや、それどころか新たに加わった一本として流れを形作ったと言えるでしょう。やはり、製作側が本気で作り、本当に面白いものは国を超えて観客の心に響くのだと思いました。面白い映画が観たいな、と思ったらバーフバリを観ましょう。最高ですよ。

インフィニティ・ガントレットにまつわるアレコレ

f:id:the-Writer:20181014214438j:plainMCUにインフィニティ・ガントレットが初登場したのは2014年にマーベル・スタジオが行った「フェイズ3」のプレゼンテーションにて披露されたPVが初だと思います。これまでのキャラクター達のセリフをバックに、6色のストーンがはまった金色にギラつくガントレットをカメラが嘗め回すように映し、サノスがそのガントレットをはめた左手を握る……というものでした。ちなみに当のフェイズ3は『キャプテン・アメリカ/サーペント・ソサエティ(原題)』(後の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』)で始まり、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー パート2(原題)』(後の『アベンジャーズ4(仮)』)で完結する予定とされていました。

アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』では、いよいよアベンジャーズもインフィニティ・ストーンの存在とそれを欲している強大な何者かがいる事を知ります。その黒幕であるサノスは『アベンジャーズ』オマケシーンと『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に姿を見せ、AoUオマケシーンにてついにガントレットをその腕にはめ、本格的に動きだすことを予感させました。その後、ガントレットの能力の披露は『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のとおりです。

\ドヤァ…/f:id:the-Writer:20181014214134p:plainIWではついにその本領を遺憾なく発揮することで全てのストーンをそろえ、悲願の目的を達成したサノスはストーン・壊れたガントレットと共に遠いどこかの星に隠居生活を送ることとなりました。が、それでも『アベンジャーズ4(仮)』に彼は帰ってくるのだそうで……まだ日本公開日は決定していませんが(IWは公開前年の7月には決定しました)、折角なのでこれまでの知識を整理するためにインフィニティ・ガントレットの与太話をしてみようかなーと。

 

まずインフィニティ・ガントレットの前にそれのエンジンともいえるインフィニティ・ストーンですね。宇宙誕生の前には6つの特異点があったと言います(虚無しかなかったとも)。そこに突然ビッグバンが起こり、現在の宇宙が誕生しました。詳細は不明ですが、全宇宙の不変の法則そのものともいえる力を持つ存在である、4人のコズミック・エンティティー:デス,エントロピー,インフィニティー,エントロピーがいます。6つの特異点は4人のコズミック・エンティティーによって6つの強大なエネルギーの結晶体へと姿を変え、現宇宙の存在の各面を司るインフィニティ・ストーンが誕生しました。彼らとストーンを描いたレリーフがGotG冒頭の惑星モラグの寺院に存在しており、後でコレクターがガーディアンズに見せる数々のアーカイブでそれが確認できます。f:id:the-Writer:20181111094700p:plainストーンはスペース,マインド,リアリティ,パワー,タイム,そしてソウルです。現宇宙は物質世界と精神世界の二つに分けられる、という見方がMCUにはありますが、存在の全て、つまり物質界の全てに対して無限大の力を発揮できるのがこのインフィニティ・ストーンです。各ストーンの専門分野はその名のとおりですが、ストーンには大体共通して持つ特徴があるようで、・流動的で純粋なエネルギーを際限なく発揮すること・直接触れるのは避け、何かしら間に挟むのが望ましいこと・物質の分子密度を変えることができること……といったあたりです。

 

一つ手にするだけでも無限の力を発揮できるストーンを求めて、様々な種族が試行を重ねてきました。しかしそれをようやく手に入れたとしても使いこなすのは非常に困難です。数少ない成功例であるセレスティリアルズ,ダークエルフ,タイタン人などから学べる通り、使用者の強靭さと適切な技術をもってして初めてその手中に安全に収めることができます。その力を十二分に発揮できるのは知識も要しますが……。地球人もストーンの力を十二分に発揮するところまでも到達しました。異次元からエネルギーを引き出し、様々な超常現象を引き起こす魔術師の祖、アガモットは手に入れたタイム・ストーンをアガモットの目と名付けたからくり細工の中に収め、非常に高度な難易度の手順を踏める者のみにストーンを扱えるようにカリオストロの書に「公式化」しました。f:id:the-Writer:20181007164233p:plainこれは個人的な意見になるのですが、僕は魔術師が魔法を使用する際に出す魔法陣はアガモットが開発したものだと思っており、ストーンの発見に前後して行われたものだと思っています。ストーンを制御する際、度重なる実験の末にストーンにアガモットの魔法陣の「癖」が残り、以降はタイム・ストーンを使用する時には魔法陣が出るようになった……と。ストーンは使用者と相互的な影響を及ぼす有機的な面もあるのあかな、と考えたりしました。

そしてアスガルド人によって地球にもう一つのストーン、スペース・ストーンが持ち込まれました。しかしその扱いにはなかなか苦労し、それに触れた地球人の一人は遠く離れた惑星の転送され、そこに眠るストーンの中でもひときわ特殊な性質のソウルストーンの番人にされました。やっとスペース・ストーンの力を発揮してポータルを開いたときには、ストーンを扱う装置は別途巨大な動力源が必要であり、しかももう一つ余分にストーンがない限り停止は不可能という実質欠陥品ともいえるものでした。

 

ガントレットの歴史

地球人がストーンを扱ってきた歴史を念頭に置くと、インフィニティ・ガントレットという道具がいかに並外れて優秀かがよくわかります。これが実際に創られはじめたのは具体的にいつごろかは不明ながら、サノスが製作を脅迫してきた時なのは間違いないですね。ガントレットが完成したのはソコヴィア事件と同時期の2015年でした(IW,A4の監督を務めたルッソ兄弟によれば、AoUのあの本編とは一見関連性のないオマケシーンの場所はニダヴェリアらしいので)。f:id:the-Writer:20181102182128p:plainインフィニティ・ガントレットは存在そのものが伝説とされている惑星ニダヴェリアの工房を営むドワーフたちによって創り出されました。ガントレットにはストーンをはめる口が6つ手の甲にあり、それぞれはまるストーンの場所も設定されているものかと思われます。口にはまったストーンの力は使用者の思念によって自由自在に使えるようになり、その力はこぶしを握ると発動する仕掛けです。f:id:the-Writer:20181111100815p:plain

また、こちらの情報によれば「MCUビジュアルディクショナリー」にガントレットはサノスの特注ということで彼の左手にピッタリはまるような大きさであり、更にソーの武器であるムジョルニアと同じくウル製である……という設定が記載されていたそうです。
マイティ・ソー』にてオーディンの宝物庫にインフィニティ・ガントレットが既に完成された状態で展示されており、『マイティ・ソー/バトルロイヤル』では訪れたヘラによって偽物と断定されるといった流れがありました。一見するとファンサービスのつもりで隠した小ネタがまじめに設定が付け加えられた印象を受けますが、これを補強するようなファンの考察があります。

 

 

 

ガントレットを求めていたのはサノスだけではなかった

「宇宙をビビらせる」ような代物を作り出すニダベリアの鍛冶屋たちは、オーディンの依頼でヘラやソーの武器となるムジョルニアを作りました(恐らくアスガルドの王専用の武器であるグングニルもそうでしょう)。また、前々からアスガルド王のために用意されていたであろう専用武器ストームブレイカーの製作も請け負いました。中心人物であるエイトリによれば、インフィニティ・ガントレットも彼らが作ったとのことです。しかし6つあるインフィニティ・ストーンの力を使いこなせるようにする道具の構想を持ち、その製作依頼をしたのは、サノスだけではなかったのではないか?というものです。

f:id:the-Writer:20181101221210p:plainヘラによればソーが生まれる前のオーディン収めるアスガルドは9つの世界を武力によって一つまた一つと制圧し、その勢力下に収めていたとのことです。そんなアスガルド帝国を率いていたオーディンは、実はインフィニティ・ガントレットの完成を狙っていたのではないでしょうか?オーディンがある日ニダヴェリアを訪れた際、馴染みの工房に見慣れない模型を目にします。それについてエイトリに尋ねたオーディンは、ここでインフィニティ・ストーンについて具体的な野望を持ったものかと思われます。彼は処刑人のヘラと共にインフィニティ・ストーンを集める探求に乗り出すことにします。リアリティ・ストーンであるエーテルは父ボーから聞き出し、スペース・ストーンもヘラと共に行った侵略の最中9つの世界のどこかで手に入れます。全てを手に入れるのは時間の問題かと思われましたが、座礁に乗り上げました。f:id:the-Writer:20181102204600j:plainソウル・ストーンです。ストーンを手に入れる条件を知った彼はようやく、自身が敷いてきた暴力による支配の代償、あるいはその血塗られた実態を実感したのではないでしょうか。ここに来てオーディンはストーン集めを断念し、自身にとって代わるように頭角を現してきたヘラの残虐性を目の当たりにしたこともあり、自身の支配を緩めることを決意します。ストーン同士を離しておくためにエーテルはそのままに、スペース・ストーンは地球に隠しました(と、いうことはタイム・ストーンの場所はまだ知らなかったのでしょうか?)。そして、自身の暴力性の戒めとして完成した状態のガントレットのレプリカの一つをエイトリにもらい、自身の宝物庫に展示するようになった……というものです。

インフィニティ・ストーンの存在については王に忠実に使えるシフ及びウォリアーズ・スリーには伝えます。まだソーやロキといった息子たちには伝えていませんでしたが、二人とも相当の実力があり王になる可能性のある人物です。下手にストーンについて知れば何を引き起こすかわかりません。実際、『マイティ・ソー』時のソーは王の使命を理解せず戦いに喜びを見出す男であり、第2のヘラとなりかねない状態でした。『マイティ・ソー』以降一時的にサノスの配下となってその野望を一部でも吹き込まれたロキは、かつてのオーディンと同じく地球に侵略戦争をしかけました。インフィニティ・ストーンの情報の扱いについては慎重にならざるを得ないのは無理もない話であり、時が来たら伝えるつもりだったのかもしれませんね。

 

ソーの夢

f:id:the-Writer:20181102205304j:plain
次はソーの予言です。AoUにてNY決戦の際にサノスから武器として渡されたロキの杖は、実はマインド・ストーンであることが判明しました。インフィニティ・ストーンの力によって特殊能力を身に着けた強化人間の一人、ワンダはアベンジャーズの面々にそれぞれが恐れるものを見せることで苦しめます。特にスタークがみたものは非常に不吉で予知夢なのかそれともただの恐怖の視覚化なのかは判然としませんでしたが、ソーも重要なものをみました。アスガルドの滅亡「ラグナロク」、それに大きく自分の力が関わるという未来です。その正体を突き止めるべく、彼はセルヴィグ博士とともに「洞察の泉」に向かいました。泉の精ノルンが彼によりハッキリ見せたものは、ラグナロクだけでなく、4つのインフィニティ・ストーンとそれをまとめる何かでした。

f:id:the-Writer:20181101221804p:plainそれを目にした後の彼はアベンジャーズタワーに即刻帰還し、ヴィジョンの誕生に手を貸します。「夢をみた。生命の希望すべてを飲み込む渦の中心に、これが」と指さす先はマインド・ストーンでした。渦とはサノス襲来時のポータル、中心とはまさにマインド・ストーンのガントレットでの位置です。ソーは知らず知らずのうちに未来を見ていたのでしょうか?このセリフを拾った演出をしたIW製作陣には舌を巻いてしまいます……

f:id:the-Writer:20181101221817p:plainまたソーがみたインフィニティ・ガントレットの幻影なのですが、よく見ると右手の方に見えませんか?単にサノスの存在を示唆しているのなら左手のはずです。実はこれこそ(「単に製作上のミスでは?」という声は一旦置いておくとして)先ほどの「オーディンガントレット完成を狙っていた」説の裏付けにならないでしょうか。サノスのガントレットは彼のサイズに合わせた左手用のものです。宝物庫に展示されていたのが右手用だったことを考えると、オーディンは自身のガントレットとして右手用のものを構想していたのかもしれません。マインド・ストーンの力がソーを通して過去に父が抱いた野望、そして迫りくる脅威の姿を示唆したものをソーに見せた……と僕は解釈しています。

 

 

 X-MENの参戦

 2019年末までにはディズニーによる21世紀フォックスの買収が終了する見込みです。これはついに、MCUへのX-MENの参戦を意味します。アベンジャーズ,X-MEN,スパイダーマン……本来なら原作コミックと同じく、同じマーベルが生み出したキャラクター達は映画でも初期のころから当たり前のように顔を合わせ、同じスクリーンで会話を交わしているはずでしたが、諸事情あって複数の会社が実写化する権利を分割して所有しているせいでそれはかないませんでした(おかげで新規でファンになった方に事情を説明するのが大変ですよね)。しかし、マーベル・コミックスの実写化映画群は徐々に本来あるべき姿に戻りつつあります。

なおこのディズニーのフォックス買収という報道は一部のMCUファンの頭を悩ませることとなりました。それは「MCUには過去から大勢の超人がいたにもかかわらず、ミュータントも実はあの世界に存在していたという設定は無理がないか?」ということです。

ここで個人的に面白いなと思った説を、僕なりの考察を交えてお伝えしたいと思います。Redditにこの説を掲載した彼はX-MENはリブートされる(ただしデッドプールとXフォースは除く)、と予想しているそうです。

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』ではサノスが6つのインフィニティ・ストーンをそろえたことにより、全宇宙の生命の半分が消滅してしまいました。よって『アベンジャーズ4(仮)』は必然的に、消滅してしまった半分を生き残ったキャラクター達が現実世界に連れ戻す……という流れになります。ところでMCU・ミュータントと来れば注目必須なキャラクターが一人います。『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』オマケシーンにて初登場した強化人間のワンダ・マキシモフです。原理としてはマインド・ストーンによって、双子のマキシモフ兄妹はそれぞれ固有の能力を手に入れたということになっています。f:id:the-Writer:20181102211103j:plainX-MENシリーズを知っているファンなら一目瞭然なのですが、ワンダ・マキシモフとピエトロ・マキシモフ……明らかにX-MENに属するスカーレット・ウィッチとクイック・シルバーなんですよね。権利的な事情で本来は登場させることができないのですが、筋金入りのコミックファンであり、AoUの監督・脚本を務めたジョス・ウェドンはインフィニティ・ストーンを使用したという設定にすることで、ギリギリのライン(というかアウト?)でマーベル・スタジオでは使用不可能なキャラクターを登場させたわけです。ということでAoU等では「X-MEN」「ミュータント」「スカーレット・ウィッチ」といった固有名詞は一切使えませんでした。しかし情勢は変わりつつあります。f:id:the-Writer:20181111095801p:plainこれからはマキシモフ兄妹はMCUでミュータントという事になり、実際にそう呼ばれます。マインド・ストーンには生物の精神に働きかけたり新しく精神を生み出したりと固有の能力のほかに、無尽蔵の強力なエネルギーを放射したり、物質の分子間の距離を操作するといったことができます。しかし、いくらマインド・ストーンといえどマキシモフ兄妹に及ぼした影響というのは無理があるのではないか?という疑問が前々からありました。なおワンダがミュータントと呼ばれることになれば、MCUにおけるミュータントの設定が確定します。f:id:the-Writer:20181110223426p:plainミュータントとはインフィニティ・ストーンのエネルギーを特定の条件で受けることにより、生まれ持って眠っていたミュータント因子を覚醒させた人間……という事です。インヒューマンズはクリー人による外的な付加物による超人であり、エクストリミスは特殊なウィルスによって脳の未使用領域を活用した超人です。特にエクストリミスの原理を参照すると、MCUの地球人にはまだ見ぬ超人化の可能性=ミュータント因子が眠っていてもおかしくないとは思いませんか?f:id:the-Writer:20181111094311p:plain
アベンジャーズ4(仮)』では、アントマンとキャプテンマーベルが合流したアベンジャーズは6つのインフィニティ・ストーンを集め、「逆・指パッチン」によってサノスがしたことを逆転する、という展開が間違いなくあると思います。「逆・指パッチン」によって現実世界に復活した生命は、1つどころか全てのインフィニティ・ストーンのエネルギーに一気に照射されたことになります。ということはサノスの襲来を受けた後の地球人は、その半分がこれからミュータントして覚醒するかもしれないんですね。

 また、実はウルヴァリンマグニートーMCUには存在していたかもしれない……とも彼は述べています。まずウルヴァリンことローガンは何百年も前に、偶然インフィニティ・ストーンのエネルギーを受けたことによって治癒能力を開花させ、その後はずっと能力を隠して人知れず生きていた、という筋道が考えられます。もしかしたら第二次世界大戦中にキャプテン・アメリカとともに戦場を駆け抜けていたかもしれません。

マグニートーナチス党が行ったホロコーストの犠牲者……という設定はこれまでの映画通りなのですが、彼含めた一部のユダヤ人たちは極秘化学部門「ヒドラ」のもとに人体実験用の被検体として回されました。レッドスカルの指揮による、スペースストーンを用いた独自の超人兵士を創り出す実験下でマグニートーは金属を操れる能力を開花させます(こうなるとヒドラがインフィニティ・ストーンを用いた強化人間の創造を試みたのはストラッカーが初ではなかったことになりますね)。マグニートーはその場を何とか脱走し、やはり正体を隠しながら生きていた、のかも?

アベンジャーズ4(仮)』は単にIWでの出来事を打ち消す・これまでの歴史が一定期間無かったことになり、ある時点からやり直す事になる・並行世界が生まれてこれからはそこでの物語を描く……など様々な説が語られています。また、現時点ではMCUはアース-199999、(『フューチャー&パスト』による歴史改変を受けた後の)X-MENはアース-TRN414という名前が付いた別々の並行世界、という設定です。なのでX-MENMCUにどうやって参戦するのかは全くわかりません(それでもファイギ氏にはアイディアがたくさんあるそうなので本当すごいです)。『アベンジャーズ4(仮)』 の本撮影および追加撮影の時点ではディズニーと20世紀フォックスとの合併はまだ終わっていないので、当然X-MENといった名前やプロフェッサーXはまだ出せません。個人的には、何とかオマケシーンにミュータントであることは触れずにある人物を出してはくれないかと思っています。X-MEN映画シリーズをずっと最初から支え続け、恐らく同シリーズでは最も有名な粗暴な男……ローガンです。

~ぼくがかんがえたあべんじゃーず4(かり)おまけしーん~
サノスを倒し、ガントレットによる大消滅を打ち消して全てが解決した世界。激闘を戦い抜いたスティーブとナターシャは、つかの間の休息で街中のカフェに向かっている。ストーンが与えた影響は目に見えるもの以上であるはずなこと、あれだけの大消滅と復活を経た世界はこれからどうなるのかと会話をしている二人は、一人の筋肉質な男とすれ違う。カメラからは二人がフェードアウトし、男の後ろ姿を追っていく。すれ違った二人の顔に見覚えがあり、男はいったん足を止めて振り返る。カメラに映し出されるその顔はローガンその人だった……f:id:the-Writer:20181111105836p:plain※画像は『ウルヴァリン/SAMURAI』と『アベンジャーズ4(仮)』の撮影現場のリーク画像をイメージとして並べたものです。

名前も能力も一切描写はしてませんが、誰もが知るトレードマークともいえるその顔を映すだけのオマケシーン、これからのMCUティーザーとしては十分だと思うのですがどうでしょう。既に共演を熱望しているデッドプールからの度重なる求愛を徹底的に蹴っているヒュー・ジャックマンですが、あのアベンジャーズと同じスクリーンで共演できるチャンスですからね。ふとバッキー・バーンズ役のセバスチャン・スタン気になる情報を言っていましたが……(もしも、もしもこれが実現すればことごとくフラれたデップーが一番怒りそう)

これは完全に余談です。「アベンジャーズのオマケシーンで重要キャラクター登場?!」という展開で思い出したんですが、以前AoUオマケシーンの「盗撮映像」が世間を騒がせた事件を思い出しました。

実はコレ、非常に巧妙に作られたフェイクであり、映像の傾き方やピンボケ具合、スペイン語っぽい字幕があまりの説得力を発揮し、アベンジャーズのキャストや監督が出席したインタビューで監督が公式に否定する騒動に発展しましたが……。

世界が5月公開の中、こちら日本は当初の予定から変更されて7月公開だったので世界で実際何が起こっていることから日本のみ取り残される形になり、騙された人もいたのではないでしょうか。それにしても今はyoutubeの「あなたへのおすすめ」欄やInstagramのサムネイルだけでとんでもないネタバレ爆弾がかまされる時代なので、このネット社会で世界から公開が遅れるのは辛いですよねえ(´・ω・`)

 

 

 

 

f:id:the-Writer:20181111094618p:plain以上、インフィニティ・ガントレットに関する与太話でした。インフィニティ・ストーンはこれまでのMCUを牽引してきた一種のマクガフィンともいえる存在でした。しかしIWであのような事態が起こってしまった以上は恐らくストーンは誰も手が届かないところに追いやられる事になるでしょう。それだけでもこれからのMCUは大きく変わることを予感させますね。

今のうちに『アベンジャーズ4(仮)』についてわかる事、まとめました

※本記事はアベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『アントマン&ワスプ』のネタバレ、及び『アベンジャーズ』第4作のネタバレとなりうる情報が含まれています。

 

ルッソ兄弟が、またやらかした

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』の衝撃から早半年がたちました。公開前にはよく「MCU10年の集大成」、「アベンジャーズガーディアンズがついにクロスオーバー」、「これまでのヒーローたちが結集してサノスに立ち向かう」……などといった事が言われており、ファンたちの期待はまさに最高潮に達していたと思います。マーベル・スタジオの方も最近のファンの動向を熟知しており、本編は実際に劇場で見てみないとわからないように事前の宣伝も徹底していました。例えば、本編から改変したフェイクシーン満載の予告編が良い例です。思えば前アベンジャーズ二作の時は予告編は公開日の7カ月前に公開されていましたが、IWは6カ月前とファンは若干のお預けを食らうことになったなあなんて思ったり(そのせいかこんな熱狂的なファンも現れる始末……)。

f:id:the-Writer:20181007163104p:plain僕は映画館のポイントがたまっていたのでタダ券を使って4/29の公開初日に見に行きました。あの数々の想像を超え、期待を裏切る感触時の体験はいまだに鮮やかなままです。ロゴが流れ始める時かなたで太鼓のような音が聞こえるもののほぼ無音で「ん?音響が壊れた?」と思った瞬間に流れ始める不気味な音楽。遊びのように成すすべなく命を奪われていくアスガルド人たち。目まぐるしく変わる場面展開にそれぞれの場所に結集していくヒーローたち。独自の哲学・正義によって英雄にして救世主のごとくふるまうサノスの気味の悪さ。そしてあの怒涛のラストの展開です。バッキーが何が起こっているかわからない、と純粋に途方に暮れた顔を残してそのままに文字通り「消え去っていく」様には絶望とはまた毛色の違う、無にも近い感情を覚えました。あの時の頭が真っ白になる空虚さ、その裏に薄々と這ってくる悪寒がそのまま体験として、一種の感情として脳裏に焼き付きました。

「DIRECTED BY JOE AND ANTHONY RUSSO」の文字がバーンと出る時はまだ信じられませんでした。え、ここで終わるの?この後どうするの?と。これまで慣れ親しんできて、これからも何とか頑張って勝利を重ねていくヒーローたちがあっさりと絶命していった物語を僕はどう受け止めたらいいのかまるでわかりませんでした。今までアベンジャーズといえばお祭り作品、特に『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』がMCUで一番好きな僕には辛かったですね……公開前のインタビューで監督が述べていた通り、「これはサノスがヒーローとして自分の道を突き進み、最後に欲しいものを手に入れるという物語である」とみれば、なるほど一応筋は通っています。当初の僕は、その衝撃の余り二度と観たくありませんでした。こんなにひどい展開があって良いのかと。マーベル・スタジオも、明らかなバッドエンドにゴーサインを出したのはすごいですよね。しかしインターネットを通じてファンたちの考察がポツリポツリと伝わってくるにつれ、IWはあの展開の中にも、巧妙にかすかな希望の道筋を残していたことが見え隠れしています。本記事を書いている2018年10月現在、未だにタイトルが明かされない『アベンジャーズ4(仮)』、これまでのMCUの旅路の完結編ともなる作品までもう1年とありません。今回はそれに向けて、多少の心構えをしていくため、IWの一部の重要な出来事を紐解き、『アベンジャーズ4(仮)』の考察をしていこうと思います。

なお、これは一部ではあるものの『アベンジャーズ4(仮)』の確信的なネタバレに踏み込みかねません。素晴らしい作品は時代に関わらず人々に訴えかける普遍的な魅力を持つものです。IWが奇をてらってひたすら観客の期待を裏切り続ける作品であり、『アベンジャーズ4(仮)』でIWの出来事がすべて解決するならば、IWは大金を投じたただの悲劇的な物語になってしまうのではないでしょうか。IWがMCUの代表作、映画史に残る傑作として生き残っていくには『アベンジャーズ4(仮)』が出て、すべての種明かしがされてなお、輝き続ける魅力がなくてはならないのです。つまりIWの全てが次作で万事解決するとは、僕には到底思えないのです。とはいえ何も知らず、IWの絶望に突き落とされる鑑賞体験も本来なら『アベンジャーズ4(仮)』までの1年間しか持たないものであり、それは非常に貴重なものです。本記事はその貴重な期間を短縮するものとなるのですが、僕は意図せずして他のファンの方々の貴重な体験を奪いたくありません。もしSNSなどで本記事の内容を投稿する場合には、「誰が書いたのか」という出典元を明確にするため、リンクを共に張り付けてもらうようお願いします。情報だけがすさまじい速度で拡散し、ネタバレを食らうことで貴重な体験を奪われるという被害も拡大していくという事態を少しでも避けたい、そういった意図を持ったうえでのお願いでした。また、この先を読み進めていただく方は覚悟を持ったうえでお願いいたしますねm(_ _)m

また、以下から

アベンジャーズ』→AVG,『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』→AoU,『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』→IW,『アベンジャーズ4(仮)』→A4

と略称で書きます。

 

すべてはドクターの計画だった

何の情報も入れないままだとIWは絶望のエンディングを迎えたまま終了します。しかし巧妙に隠された希望の中で一番のものは、やはりストレンジの決断ではないでしょうか。当初トニー・スタークと出会ったばかりのころは似た者同士、(案の定)ギスギスした関係でした。その中で彼が再三強調し、マウを排除した後のQシップ内で改めて明言したのはタイムストーンをサノスに渡さない事の重要性です。インフィニティ・ストーンの中でも時間をつかさどるタイムストーンはひとたび敵の手に渡ればたとえこちらが勝利の一歩手前まで行ったとしても時間を巻き戻されて全てがなかった事になる……それほどまでに強大な能力を持ちます。

f:id:the-Writer:20181011094955p:plain

「だがこれだけは言っておく。もしも君やあの少年、そしてタイムストーンのどれかしか選べない状況になったら、君たちを迷わず切り捨てる」

「素晴らしい倫理観だ」

ところが、自身の全力をもってしても敗北したスタークがサノスに殺されそうになると、ストレンジが待ったをかけます。これがのちにサノスがストーンを全種類そろえることへの重要な契機となるのですが、明らかに前述の言動とは矛盾しています。共闘を通して協力関係を多少は築いていたとしても、スタークを救うばかりかあれだけ固執していたタイムストーンを手放してしまうのです。結果、自身が命を落とすこととなりました。

f:id:the-Writer:20181007163703p:plainQシップがタイタンに不時着し、ガーディアンズと出会った後彼一人が異様な行為をしていました。曰くタイムストーンを使うことで、サノスとの戦いから生じる可能性のあるあらゆる時間軸を見てきたと言います。

「いくつ見た?」

「1400万と605」

「勝ったのは?」

「1」

観客側にも緊張が走ったセリフでしたが、サノスとの戦いに勝ったといわれる時間軸を「勝利ルート」と呼ぶことにします。『ドクター・ストレンジ』で描かれた彼を見ているとわかるのですが、彼は本っっっっっ当にしつこいです(悪口じゃないですよ)!感想にも書きましたが、門の前に5時間も居座る、絶対に笑わないウォンにジョークを投げ続ける、挙句ドルマムゥに何百回殺されようともそれでもあきらめません。彼は自分の望みをかなえるまで、絶対にあきらめない不屈の精神の持ち主です。そんな彼ですから、当然「勝利ルート」を取ったと考えるのは最早必然でしょう。f:id:the-Writer:20181007163824p:plainということは、彼が時間を超えてあらゆる未来を見た以降の彼の行動はすべて彼の計画の範疇となります。また、未来を見たというのは恐らく結果という一場面をみたのではなく、その結果につながる経緯まで余さず目撃したのではないでしょうか(このある意味チート行為は「この闘いはどのような結末に転ぶのか」「勝つにはどうすればいいのか」といった意図で実行に移したと思うので)。そんな彼には持ち前の一度見たものを映像のごとく記憶する天性の能力があります。ならばタイムストーンを狙ってNYに襲撃をかけてきたカル・オブシディアンの左腕を切断したポータル、タイムストーンを使ってサノスに戦いを挑む、スターロードが「ガモーラはサノスによって殺されてしまった」と聞くのを妨害するなど、観客が「いや、こうすればいいじゃん」といったあらゆる道筋は結局敗北につながることになります。彼のタイタンでの一挙一動はすべて計算されたものということになるのです。

f:id:the-Writer:20181008142253p:plainサノスによって全宇宙の生命の半分が死亡した際、アイアンマン,キャプテン・アメリカ,ソー,ハルク,ブラック・ウィドウ,そしてホークアイも(A4 に登場するので事実上)生存しており、オリジナルのアベンジャーズが残されました。 これは単なる偶然ではないことを監督も認めており、つまりアベンジャーズが生き残る事も勝利ルートの一部であり、ストレンジはスタークを生かしたことになります。ストレンジの目的が、「スタークの生存」「タイムストーンをサノスに渡すこと」の二つならば、そもそもなぜタイタンでサノスと交戦する必要があったのでしょうか?答えは恐らく、アントマンです。

f:id:the-Writer:20181007163923p:plainアントマン&ワスプ』で明らかになったところによると、地球についに襲来したサノスがストーンをすべてそろえているころ、量子世界の神秘を明らかにするためにスコットは量子世界に飛び込んでいました。ピム博士によると、量子世界とは時間と空間の概念が通用しない場所であり、これはウォンに言わせる「存在の各側面をつかさどる」インフィニティストーンの力の及ばない場所であるのです。量子世界に飛び込む能力を持つアントマンの生存、これもまた勝利ルートの条件の一つであり、ストレンジはスコットが量子世界に突入するまでの時間稼ぎとしてサノスと戦ったのではないでしょうか。

ストレンジが勝利ルートのすべてを完璧に理解したことにより、タイタンでの彼の行動はすべて頼もしく見えますが、ストレンジはおろかインフィニティストーンによって命を落とした生命たちへの希望の道筋が、ストレンジの行動から導き出されます。そもそもなぜ彼に勝利ルートという未来が見えたのでしょうか?ドクター・ストレンジ』にて注目すべき場面が二つあります。一つ目はカエシリウスに致命傷を負わされたエンシェント・ワンとストレンジがアストラル体でべランダで会話をするシーンです。

f:id:the-Writer:20181007164138j:plain非常にドラマチックな場面の中で、エンシェント・ワンは望まない未来を防ぐために、タイムストーンを使って何度も時間を巻き戻していたことが示唆されました。しかし彼女がそれを口にする前に、「どうやってもこれより先の未来が見えなかった」と言います。二つ目はドルマムゥに戦いを挑むストレンジ。

f:id:the-Writer:20181007164211p:plain彼はタイムストーンを使うことにより、永遠にループし続ける時間の牢獄を作り出しました。そのループが発動する条件とは、タイムストーンの使用者であるストレンジが死亡=肉体が消失した時と定義されています。この二つの場面より推測されるタイムストーンの性質とは、「使用者は自身の死より先の時間を見ることはできない」ということなのです。

f:id:the-Writer:20181007164233p:plainタイタンで勝利ルートをとったストレンジはタイムストーンを明け渡したことにより、肉体が消失して死亡します。脚本家が「劇中で起こった死は本物です」と強調した通り、ストレンジがただ単に死亡したのならその先の勝利する未来が見えるのはありえないのです。肉体が消失してもなおその先の未来が見えたストレンジは、どこかで「生きて」おり、今もなおその経過を見ているのです。肉体が死亡した以上、アストラル次元にもいられないストレンジが逝った先はどこか?それは終盤にサノスが転送され、幼少期のガモーラと出会った一面オレンジ色の幻想的な世界、ソウルワールドの可能性が高いです。

f:id:the-Writer:20181007164405p:plainソウルワールドとは、ソウル・ストーンによって作り出された異次元のことを指し、名前から察せられる通り生物の魂がその中に存在します。現に、ソウルワールドを意図していたことは監督によって認められています。サノスによって肉体を灰化させられて死亡した全宇宙の生命の半分は、ソウルワールドにいるのではないでしょうか。これを裏付けるかどうかはわかりませんが、サノスの「指パッチン」の瞬間を描いた映像を複数並べた結果、面白い描写が見えたとする指摘があります。

映像はリンク先にて再生していただきたいのですが、『アントマン&ワスプ』オマケシーンにてスコットが地上にいるピム一家と連絡が途絶えた瞬間のことです。つまりピム一家が命を落とした際、色とりどりの虹色の量子世界にてスコットの周りにソウル・ストーンと同じオレンジ色のエネルギーたちが急激に数を増して出現しているのです。これは何を示唆しているのでしょうか?

f:id:the-Writer:20181007164509p:plainまた、メタ的な視点から考えてみてもIWまでは5つのインフィニティ・ストーンは最低映画1作分はあててその能力を遺憾なく描写してきました。そして最後のインフィニティ・ストーンであるソウル・ストーンはIWでようやく登場したのですが、結局その能力自体は明確にはわからずじまいではなかったでしょうか(ストーン自体を手に入れる過程の困難さはしっかり描写されましたが)?次作であるA4にてソウルワールドが取り上げられるとなると、流れとしても自然なように思えます。

f:id:the-Writer:20181010144856p:plainもう一つ、「指パッチン」によって消し去られた生命が本当に死亡したのか検証できる方法があります。カギを握るのはシュリです。16歳にして既にMCUでは最も秀才とされる彼女は、兄であるワカンダ国王ティチャラが急逝したことにより、急遽代理の王座に就くという筋が考えられます。『ブラックパンサー』を思い出していただきたいのですが、ワカンダの王位継承の儀式の一つにハート型のハーブの摂取によって「祖先の場所」に行くというものがありました。そのアストラル次元には歴代のブラックパンサー達の魂がいます。同作にてハート型のハーブはすべてキルモンガーによって燃やされてしまいましたが、シュリの頭脳と残された数々の資料をかき集めれば、ヴィブラニウムによる突然変異によって生まれたハート型のハーブは再現が可能になるのではないでしょうか?先のソウルワールドの仮説が正しければ、ティチャラはそこにはいません。むしろシュリは父のティチャカから励ましの言葉を受けることで兄をもとの世界に連れ戻す事に専念する……という流れでしょうか。これが実現すれば共演の機会がなかった親子が、ティチャラ初登場の『シビル・ウォー』から数えて4作目にてようやく実現することにもなり、ファンとしてはかなりアツいのですが……。f:id:the-Writer:20181010144936p:plain

ここからは完全に予想です。ソウルワールド内に転送されたストレンジは、かつてエンシェントワンがカマー・タージを初めて訪れた自分を、量子世界含む数々の異次元に飛ばしたように、どうにか次元の壁を越えて量子世界を漂うスコットに連絡を取ります(もしかしたら自身が量子世界に行くかも)。サノスという強大な敵がいること、その目的と起こってしまった事、しかし自分たちはこうして別の次元に生きている事……それら必要な情報をスコットに伝えます。スコットはジャネットに近づかないように言われた時間の渦に飛び込み、結果数年先の未来にたどり着きます。そこでスタークに接触することでストレンジから聞いたすべての情報を伝え、スタークはB.A.R.Fシステムによってスコットの見たもの聞いたものを学びます。これが失意のスタークの原動力となる……といった感じでしょうか。

f:id:the-Writer:20181007164609j:plain

以前IWのものとしてリークされたプレビズがあります。そこではアストラル次元から現実世界へと語りかけるようなエフェクトがかかったストレンジが、アイアンスパイダーマンに”Peter! Protect them. They are not dead”と語りかけています。何らかの関連がありそうです。また、スパイダーマン役のトム・ホランドがストレンジ役のベネディクト・カンバーバッチと受けたインタビューで「彼の方は大変です!彼は量子世界についていろいろ話さなければいけないので」と発言するなど、この説の裏付けとなりそうな情報もいくつかあります。

 

ロキは本当に死んだのか?

インフィニティ・ストーン6つの力によってその肉体を文字通り消し去られた犠牲者たちは、ソウル・ワールド内に囚われているなどの仮説により、どうにか復活はするだろうというのがIWを見た人たちが漠然と抱く考えであると思います。なら「指パッチン」の前にサノスの手によって生々しく命を絶たれた犠牲者3人はどうなるのか、という不吉な疑問が僕の脳裏をよぎりました。

まずソウル・ストーンの生贄にされたガモーラは、その魂がソウル・ワールド内にとらわれている……と、終盤サノスがソウル・ワールドに入ったシーンから読み取ることもできます。f:id:the-Writer:20181007165024j:plain

次にヴィジョンですが、実はヴィジョンの意識はすでにシュリによってラボ内のコンピューターに転送・あるいはコピーされていたのではないかという指摘があります。マインド・ストーンの摘出は時間不足でできずとも、ヴィジョンの精神そのものは移動もしくはコピーができたということですね。同様の事例で『エイジ・オブ・ウルトロン』でウルトロンの意識をクレードル内に転送する、というのがありました。あれは時間を要してはいましたが、一応説の一つとしてはあり得るでしょう。ヴィジョンの意識は別の場所に転送されただけでなく、そこからヴィブラニウム製の赤い肉体を遠隔操作していた……というのも面白そうです。加えて、『アベンジャーズ4(仮)』のものとされるリークされたコンセプトアートには、ワカンダを背景にストーンを取られて色を失ったヴィジョンが活動している場面が描かれています。f:id:the-Writer:20181007164810p:plainf:id:the-Writer:20181007164816j:plain

そして、ロキです。ロキをめぐっては特にファンの間でも激論が交わされたのではないでしょうか。少なくとも、個人的にはやはりロキの動きは何か違和感がありました。誰もが察した通りサノスによって殺されるのは目に見えていたはずですが、その一歩先を行く意図とは何だったのか。ロキの生存説ひいてはA4登場説をめぐってさまざまな説がある中で、大きく分けて二つになると思います。ステイツマン内で、サノスによって首を締めあげられたロキは本物だったのか否か、言い換えるならあそこでロキは死んだのか否かです。ここでは、僕が個人的に面白いなと思った説を紹介させてもらいたいと思います。

結論から言うと、あのロキは本物でした。ロキはサノスの手によって死亡しました。しかし、ここで原作コミック及び更に原作の北欧神話の設定が登場します。「死は終わりではない。戦いによって死んだアスガルド人は、その魂はヴァルハラに送られる」と。このヴァルハラ、実は『バトルロイヤル』にて登場したと考えられます。オーディンがその肉体がエネルギーと化してなお、ソーに助言を与えたあのノルウェーの草原です。実際、ソーはハルクやヘラに死ぬ寸前まで追いつめられることでソーの意識はあの草原につながりました。よって、あそこは地球の魔術師たちが行くアストラル次元・ワカンダの歴代の王が行く祖先の場所に並ぶ、アスガルドのアストラル次元と言ってもよいでしょう。祖先の場所には死してなお、歴代のワカンダ王の魂が生き続けています。ならば、アスガルドのヴァルハラには今誰がいるでしょうか?オーディンです。オーディン、もしかしたら歴代のアスガルドの王たちの知識や援軍を求めてロキはあえてサノスに「戦いを挑み」、そして「殺される」ことでヴァルハラに行ったということです。「オーディンソン」と名乗った際はヴァルハラに行く際、真のアスガルド人であると心の底から認める必要があったという可能性もあります。もしかしたらヴァルハラから現世へと戻ってくる術もあるかもしれません。

f:id:the-Writer:20181007165010p:plainまた、ロキがあそこで「死亡」するのはヴァルハラに行くという目的だけではありませんでした。彼は一度ブラック・オーダーやガモーラ、ネビュラとと並んでサノスの配下になったゆえ、サノスの行動理念もよく理解していたはずです。「全宇宙の生命を半分にする」、そして何より「均衡(バランス)」です。サノスはロキがよみがえったという話を知っている以上、ソーとロキがアスガルドを統べる兄弟ということも知っていたことでしょう。このままロキが生き延びて再びサノスにつけば、サノスは均衡の理念に従ってソーを殺してしまう可能性が高い。数々の計算を行った結果、ロキはあえて一見無謀に見える行為に走ったと考えられます。実際、サノスはロキが自分の手で無残に死んだことで非常に満足げな反応を示していました。

f:id:the-Writer:20181007164854j:plainそれが功をなしたのか、ソーはステイツマン内でも直接手を下されることはなく、「指パッチン」も生き残りましたが、そのあとロキはどうやってソーに接触するのか?

ルッソ兄弟の指揮下で、ダラム大聖堂にて撮影が行われました。SNS上の投稿によって共有されたときは、それがIWなのかA4に登場するのものなのかわかりませんでした。現在はIWに登場しなかった以上、A4に登場するものとわかりましたが、このセット内に注目すべき像があります。

AoUの洞察の泉でソーがみたラグナロクの夢と同じものです。あのアスガルドなのに異界のような雰囲気を考えると、ソーが行くのは黄泉の国のようなところという可能性が考えられますね。大聖堂での撮影にはヴァルキリー役のテッサ・トンプソンとロケット(のダミー)が撮影に参加。そのほか、ソー役のクリス・ヘムズワーズとバナー博士役のマーク・ラファロが近くのスコットランドにいました。二人とがIWで地球を訪れたのはワカンダあるいはNYのみなので、「破天荒チーム」リベンジャーズが勢ぞろいでこの謎のシーンに参加しているのは確定です。そして近くでヘラ役のケイト・ブランシェットの目撃情報が入りました。具体的な内容は不明ですが、ソーを中心にアスガルド人たちの死者の国との交信があることは確定と言って良いでしょう。それを裏付けるように、以前マーク・ラファロが「(ヘラ役の)ケイト・ブランシェットや(エンシェント・ワン役の)ティルダ・スウィントンと仕事をした、彼女たちは~」とポッドキャストで述べていました。その時点で彼がその2人と仕事をした映画はありません。つまり、それはIWでもなくA4のことを指しているのです。ヘラがA4に再登場するのは確定として、エンシェント・ワンまで登場するとは意外ですね!さすが至高の魔術師といったところでしょうか……。

f:id:the-Writer:20181013102238p:plain『バトルロイヤル』該当シーンをコマ送りで見るとわかるのですが、巨大なサーターに立ち向かうヘラが、サーターに大剣を突き立てられるその瞬間、緑の閃光を放っているんですね。天性の能力にテレポートがあるヘラは、サーターに剣を突き立てられるその瞬間まで、アスガルドからそれこそ際限のない力を得ていました。となると、ヘラが向かった先はヘルあるいはヴァルハラなど、ロキのように単純に死亡したわけではなさそうですが……?

よって、ヘラまで関与するこの「黄泉の国」のシーンでソーとロキが再開するというのがこの説です。

 

ニック・フューリーとアベンジャーズ計画

f:id:the-Writer:20181010143706p:plain先ほどサノスが勝利したにも関わらず、NY決戦にて結集したオリジナルのアベンジャーズが全員生存していると書きました。ガーディアンズ、ストレンジ、スパイダーマンブラックパンサー、ワスプに至るまでヒーローたちは容赦なく消滅しているのに、この6人が一人も欠けることなく生き残る…明らかに何か不自然ではないでしょうか?ここで、(もうネット上ではかなり広まっているかもしれないですが)有力な説を載せさせてもらいますね。恐らくこの説は日本ではこちらが初出かと思われます?

今日匿名マンとしゃべってたアベンジャーズ4の予想メモ:キャプテン・マーベルは90年代が舞台でフューリーとコールソンが登場。もしかしたらそこで「アベンジャーズ計画」の始まりが描かれるのでは?
予想:
フューリーは何か、あるいは誰かの警告によっていずれ訪れる脅威を知る。
その際に協力してもらうことをキャプテン・マーベルに約束し、コールソンと共にアベンジャーズ計画を立案。その他さまざまな準備のため暗躍を開始

大胆な仮説:
フューリーは未来を知る誰かからの警告を受けたのでは?

フューリーに警告した候補:
未来からアストラル体を飛ばしたストレンジ?
時空間の影響を受けない量子空間を通してメッセージを送ったアントマン
あるいは”一周目”で失敗した(サノスの計画を阻止できなかった)時間軸の誰か?

地球の危機を察知しキャプテン・マーベルに連絡したフューリー。今までも大きなピンチはあったのになぜ今?
→サノスの計画と彼の到来を予期していた?
キャプテン・マーベルこそがサノスへの切り札になり得る?
←そもそもなぜ地球のヒーローたちを集めようと考えたのか?

アベンジャーズ計画。MCUには過去から超人が多数存在するのになぜ彼らが選ばれた?
アベンジャーズ初期メンバーがなぜ揃って消滅を生き延びた?
→そもそも「消滅しないことが確定しているメンバー」を集めてチームを結成したのでは?
←サノスが指パッチンを成功させることは確定事項であり、その後でサノスを倒しガントレットによって起こった現象を取り消す(Avenge)ことこそが最終目的?

ナターシャとバートンはS.H.I.E.L.D.エージェントとして雇用、
スタークにはコールソンを監視につけ彼がアイアンマンとなった際には直接接触し協力を要請、
S.H.I.E.L.D.と協力関係を結んだスタークにハルクの情報を探らせる、
ソーのハンマーが落ちた際にはコールソンを派遣し地球にやってきた彼を仲間に、
チタウリ襲来に備えてスティーブを掘り起こし覚醒させる……

大消滅までに欠員が出てしまった時のためのプラン(T.A.H.I.T.I.)まで用意されていた。このメンバーが揃うことに重要な意味がある?


〜ここまですべて妄想〜

ちなみに匿名マンさん(@amefig_9836)と始条アキラさん(@AkiraShijo)はどちらも非常にMCUに精通しているお方ですが……非常に興奮させられる内容ではないでしょうか?


キャプテン・マーベルの情報が不足しているので踏み込んだ説明はできませんが、個人的にはニック・フューリーは事前にサノスの襲来と結末を知っていた事・キャプテンマーベルとはその同盟を組んでいた事は確定事項だと思うんですね。また、フューリー演じるサミュエル・L・ジャクソンはこんな気になる発言もしています。

 

f:id:the-Writer:20181010115943p:plainフューリーはMCU第1作目『アイアンマン』オマケシーンにて初登場し、「私がアイアンマンだ」と正体を明かしたトニー・スタークの元を訪れて「君はより大きな世界の一部になったに過ぎない」「アベンジャーズ計画の話をしに来た」と告げました。90年代を描く『キャプテンマーベル(原題)』で起こる何らかの出来事により、いずれやってくるサノスの引き起こす大惨事を知ったフューリーが、地球側の対抗策であるアベンジャーズのメンバーとしてスタークをリクルートしに来るのは自然な流れです。

f:id:the-Writer:20181010121102j:plain思えば『アイアンマン2』ではフューリーは、自分の命に関わるアーク・リアクターこそが自身の命を縮めていると知って自暴自棄になったスタークのもとを訪れています。スタークを立ち直らせるためにあらゆるサポートをしてくれましたが、S.H.I.E.L.D長官としての立場を考えるといやに丁寧というか、スタークに対して「優しい」です。まるで個人的に気にかけてくれているように。そしてようやく地道な工作が実ったことで、サノスの差し向けたロキとチタウリ軍との戦いであるNY決戦では何とかアベンジャーズは機能しました。それから3年後のAoUでは、宇宙の脅威への恐怖から自ら災厄を創り出してしまったスタークのもとを訪れています。f:id:the-Writer:20181010115706p:plain「S.H.I.E.L.Dの長官ではなく、ただスタークのことを気に掛ける一人の老人」としてまたもや個人的にアドバイスを与えるフューリーですが、スタークがワンダに見せられたというものを語る時にこう言います。

「仲間が死ぬのを見た。それよりひどいことがあるか?……いや、あった」

「それは君が生き残ってしまったことだ」

AoU公開時点では人生経験豊富なゆえのアドバイスに聞こえますが、今になって改めて見てみるとまた違ったように聞こえませんか?あたかもスタークが何を恐れ、その身に何が起こるかを知っているかのように。

f:id:the-Writer:20181008141848p:plainそのさらに3年後、NYとエディンバラに突如異形の宇宙船が襲来、スタークが行方不明になったため、フューリーは車内で右腕のマリア・ヒルに状況を調査させています。ここでも第一に安否を気にしているのはスタークです。そしてついに、来るべき瞬間が訪れます。

目の前でマリア・ヒルが消滅した時の彼の表情に注目すると、あまりの衝撃に動揺している……というよりむしろ、聞かされていたあの時がついに訪れてしまった、というように見えませんか?あたかもずっと前から覚悟はしていたように。そして的確にキャプテンマーベルへの救援信号を送っています。彼自身が消滅した後も、信号を送り届けたポケベルにはキャプテンマーベルのロゴが表示され、送信は成功しました。『キャプテンマーベル(原題)』で最後の希望である彼女の力とその意味が明かされるのが楽しみです!

アベンジャーズとは報復者たち、ボロボロにやられても必ず逆襲する意味合いが込められています。今アベンジャーズはバラバラの状態です。中心メンバーであるキャプテンアメリカとアイアンマンは決裂したまま、アイアンマンはキャップがいる地球から遥かかなたの荒廃した惑星タイタンに置き去りです。ホークアイもソコヴィア協定違反で逃亡犯扱い。そして全力を尽くしてもなお敗北したサノスにすべてを奪われました。そんな彼らが誰から何を受け取ることでこの<報復>に火が灯るのか。A4での彼らの巻き返しに期待しましょう……。

 

 

 

 

最後に

この記事ではA4に向けて考察を中心に予想をあれこれ詰め込んでみました。実際に撮影現場の盗撮写真を見るとかなり不可解な状況になっており、ストーリーがつかめそうでつかめません(まだ見たことがない方は Avengers 4 setphoto でググってみてください)。上に書いたこと全てが当たっていればもちろん嬉しいですし、ほかにも細かいですけど気になる情報もいくつかあったりしてそれらが当たっていれば最高に盛り上がります!監督のルッソ兄弟9月19日に「よく見て…」というツイートをしたのですが、

 (ルッソ兄弟は2015年7月からTwitterを利用しているのですが、過去一定期間の投稿が一斉に削除されたので、この投稿もいつみられなくなるかわかりません)

一説にはハシゴにMESEとイタリア語で「1か月」を意味する単語が確認できることから、「タイトル発表まであと1か月」という意図ではないかとのことです。IWの初予告編公開は2017年11月29日でしたが、まだタイトルが正式発表されないA4なのでIWと同時期のおよそ1カ月以内に、タイトルと予告編を公開するのではないか、と個人的に考えています。さてさてタイトルと予告編は別々に来るのか、予告編一つで両方一気に済ませるのか……。

監督も脚本家も勘の鋭いコミックファンたちの予想を避けようと大変だと思います……この記事に書いた内容がすべて当たっているということはないと思いますし、下手するとすべて間違っているという可能性もあります。とはいえ、これだけ膨大な予想合戦を引き起こすほどの映画がIW及びそれまでのMCUであり、その熱量の一端の記録として十分意味はあったと個人的には思っています。とにかく僕としてはサノスをフルボッコにしてもらいたいですね。それと長さ的にコラムのようになるかもしれませんが、IW,A4つながりでインフィニティ・ガントレットに関する記事を一本書こうかと考えてます。その記事でA4に向けて盛り上がれたらなーなんて( ・ω・)

これまでのMCUの完結編・一部のヒーローたちの終着点となるA4が、1年と経たずに来るのが何だかまだ早すぎる、そんな気がするんですね……。

【ザックを】なぜDCEUにこの男が必要だったのか【讃えよ】

※本記事はザック・スナイダーをひたすら褒め称えるものとなります。「彼の作品はちょっと……」という方はブラウザバックを、DCEUにも興味のある方などはこのまま読み進めていくことをお勧めします( ゚Д゚)y-~~

DCエクステンデッド・ユニバースDC Extended Universe (DCEU))は、アメコミDCコミックスに登場するキャラクターを主人公としたスーパーヒーロー映画の一群が共有する架空の世界、及びその作品群である。日本では「DCフィルムズ・ユニバース[1]」という呼称も用いられている。

2013年実写映画『マン・オブ・スティール』から始まり、2016年から2020年まで毎年2作公開の製作予定が発表されている[2]

 

概要[編集]

様々な「DCコミックス」の実写映画化作品を、同一の世界観のクロスオーバー作品として扱う作品群である。映画雑誌エンパイア』の2015年9月号の中で、この架空世界の名前が「DCエクステンデッド・ユニバース」であると明かされた[3]DCコミックスのスーパーヒーローたちが作品の枠を超えてチームを結成する『ジャスティス・リーグ』(コミックでは1960年初出)の映画化を目指して企画された。

出典:DCエクステンデッド・ユニバース

 

DCコミックスアメリカン・コミックスの元祖ともいえる出版社であり、スーパーマンバットマンといった誰もが知るようなキャラクターはここから生まれています。マーベル・スタジオはDCコミックスの後輩であり、2社はライバル的な関係にあります、2008年にマーベル・スタジオがパラマウント配給で公開した『アイアンマン』を皮切りにスタートしたマーベル・シネマティック・ユニバース、計画を発表した当初は「うまくいくわけがない」「無謀」と評されるような代物でしたが、繰り出される作品の数々はどれも人気を博し、今やMCUは大成功を喫しています。その人気ぶりは世界的に知られるスター・ウォーズに肩を並べるほどであるといっても過言ではないと思います。一見別物に見える作品の数々が実はつながっており、一つの大きな世界が構成されていく手法は「シェアード・ユニバース」と以前から言われてきました。MCUはそのシェアード・ユニバースを、金と時間がかかる一発一発がでかい映画の単位で成功させました。それに目をつけた数々の映画製作会社、今や様々なユニバースが生まれています。

映画製作の原作となるコミックスではDCの方が歴史は長いですが、実写化においてはMCUの後を追うような形でDCEUは成立しています。今やインターネット上のメディアによって、映画の製作期間中から監督へのインタビューや撮影現場の盗撮画像、リーク情報に至るまで様々な情報が知れ渡るようになりました。MCUは基本的に順調な知らせばかりですが、DCEUは不穏な知らせも相次ぐような現状です。ユニバース商法では、どの作品をつくり、いつ公開するかというスケジュールを綿密に検討した予定表が命です。MCUは大きな変更はあまりないまま計画通りに製作が進んでおり、評価も上々です。DCEUは現在5作品が公開されていますが、製作は波乱万丈であり評価も割れています。また、後からポッと新しい作品の企画が浮上しては何の音さたも無くなる……という事も珍しくありません。

そんなDCEUの礎といえる人物がザック・スナイダーザック・スナイダーが監督した『マン・オブ・スティール』『バットマンvsスーパーマン』『ジャスティス・リーグ』はそのどれもがDCEUにおいて重要な役割を担っており、この3作によって描かれたヒーローたちがDCEUにおける主要キャラクターであることから、彼らを撮ったザック・スナイダーはDCEUの創造主ともいえる立場です。

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BvSで顕著に表れたのが、彼の作風に対する風当たりです。そもそもこの作品自体、DCEUの2作目にして世界観の拡大に向けて様々な要素が詰め込まれた挑戦的な一本です。興行的にはヒットを記録し、それどころか5作品が公開されているDCEUでは(2018年3月現在)トップの興行収入ですが、問題は作品に対する評価です。特に批評家たちからの意見がよろしくありません。「スーパーマンが出ているのに暗すぎる」「詰め込み過ぎて作品として成り立っていない」……などといったレビューが、BvSの批判的なレビューの代表的なものでしょうか。

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JLの記事で書きましたが、僕はMoS,BvSの2作を共に問題なく楽しんでおり、ザック・スナイダーが敷いたレールに沿って形成されていくDCEUの大ファンです。基本的に好評なMCUに比べ、意見が割れるDCEU。人によってはザック・スナイダーを戦犯と形容することもあるでしょうが、そんな強いクセを持つ彼はDCEUにとってどんな人物だったのか。僕はザック・スナイダーこそDCEUに必要な人物だと思っています。僕には原作であるDCコミックスについてはさっぱりわかりません。原作と比較してどうこうなどとは語れない故、あくまで映画的な視点からとはなりますが。なぜ彼こそがDCEUにいなければならなかったのか、僕なりに感じる彼の魅力をお話していこうと思います。

ワーナー・ブラザーズに言わせる「誰もが知るヒーロー」たるスーパーマン。彼がエイリアンであるという設定は知られていなくとも、全身青タイツに赤マント、胸に輝くSのシンボル、空を自由自在に飛び回るマッチョメンといった特徴は、まさしく誰もが知るものです。彼はMoS,BvSでは主人公を務め、JLでは一種のマクガフィンとして機能。MoS,BvS,JLのスーパーマン・トリロジーがDCEUの根幹をなしていることを考えると、彼はDCEUの中心的な人物と言えます。

f:id:the-Writer:20180320083546j:plain彼の誕生と、ヒーロー「スーパーマン」としての駆け出しを描いたMoSは、過去作の雰囲気とは明らかに異なります。色あせたような色調、陰影がくっきりとついた映像、深いセリフの数々、壮大な音楽、現実世界に即したリアルな展開、絵画のようにキマったカット、全編にわたってシリアスな雰囲気など、現代のスーパーマンとして彼はスクリーンに蘇りました。

正直これらは「トーンが暗い」「しみったれた雰囲気」と言われても仕方がないかな、と思います。そしてこの雰囲気は続編のBvSにそのまま受け継がれ、20年もゴッサム・シティの自警活動を続けて疲れ切り、乾いた憎しみを抱えて希望を失っていたバットマンが参戦したことで、批判はさらに大きくなりました。最終的にそれに業を煮やしたワーナー・ブラザーズによる「明るい」政策に基づく改革がJLに入り、本来の作品の路線からは大きくそれたことはJLの記事で書いた通りです。

上記に挙げた特徴の数々は全てザック・スナイダーが意欲的にDCコミックス実写化作品に取り入れたものです。以前、ザック・スナイダーMCUについて言及したインタビューでMCUで続々と実写化されていく「○○マン」といったヒーローたちを批判しつつ、「僕らは神話を作っているんだ」と語りました。MCUについての発言はMCUファンや俳優から反発を買いつつも、彼の志に関する発言こそが彼のDCEUに抱いているヴィジョンであると思われます(正直あの発言に関しては「ザック余計な事言うなや……」と閉口しましたが)。カラフルさに欠け、基本的にシリアスな雰囲気、キマっているカット。これらの要素が絡み合う事で、一連の物語は非常に密度が濃いドラマとなりますが、便宜上これをまとめて「神話っぽさ」と呼びましょう。

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僕はこの「神話っぽさ」は、少なくともDCEUの序盤には必要なものであり、ザック・スナイダーにしかできないことだと思いました。彼の「神話っぽさ」は彼にしかできない。僕はその「神話っぽさ」がDCEUというユニバース、ワーナー・ブラザーズのドル箱に必要な要素だと思います。今やMCUに続いて、ダーク・ユニバース(ユニバーサル),モンスター・ユニバース(レジェンダリー)といったユニバース物が立ち上がっています。さらに激化していくハリウッドで、DCEUには何かこれだ!という決め手、強い武器が必要です。僕はそれが、「神話っぽさ」だと思うのです。

 

 

「シリアスさ」の正体は、観客とキャラをつなぐ橋である

尤も、これだとDC=ダーク・シリアスという認識を生み出しかねません。というより、既に出来上がってしまっていると思います。批判が示す通り、この雰囲気はとても万人受けするものではありません。しかし、そのいわゆるダークさにもしっかりと理由があると思います。

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ダークと称される個所は、色あせた色調以上に、恐らく登場人物たちの葛藤する個所かと思われます。なぜ現代のヒーローたちは葛藤するようになったのか?それは葛藤する登場人物には観客が感情移入しやすくなるからだと思います。葛藤を描くという事は、登場人物の心理的な動き・迷いをじっくりと描くという事です。その思考のプロセスを丁寧に追って描くことは、観客がその登場人物の思考及び行動を追い、理解することで感情移入することを可能とします。それは、観客の心に残りやすくなる。

IMAXという壁一面がスクリーンになった劇場、VRで見る映画、そして『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が示した「これからは誰にでも主人公になれる」というメッセージ。今や映画はただ見て楽しむことから、(徐々にではありますが)観客が映画と一体となって楽しむ方向性への変化を感じます。また、今の時代はスマホの普及などのデジタル化によりあらゆる情報や思想が飛び交う社会となりました。特に、その中で育つ子供たちが生きる世界とは、彼らの親の世代からすら、様相がかなり異なるはずです。DCEUがおそらくターゲットとする思春期の子供たちに、心の支えとなる存在を。身近に感じてもらうために、あの様な仕上がりとなったのではないでしょうか。

スーパーマンを例にとって考えてみましょう。ザック・スナイダーMoSで描き出したスーパーマンを筆頭とするクリプトン人の力は絶大なものです。彼らは超スピードでの移動、音速を突破した速度での飛行、どんな衝撃もほとんど受け付けない頑丈さ、挙句の果てに両目から打ち出すヒートヴィジョン。コミックの強さをそのまま現実世界に反映させた結果、都市のビル群が次々に破壊されてがれきと化していく映像はとても印象的です。言ってしまえばチートですよね。

そんなパワーを持つ人物が、最初からあまり苦悩せず、順調に恋をし、人助けをする笑顔が素敵なナイスガイだったら?そのような明るい雰囲気は、確かに誰でも楽しめるでしょうが、映画を楽しむ深みが損なわれると思うのです。この非現実的な強さを大真面目に実写化する代わりに、その人物は観客と何ら変わりない葛藤する人間であるというギャップ。ある意味カウンターウェイトであり、実在しそうなリアルな人物としてのバランスがとれます。これによってスーパーマンというコミックのキャラクターはただのフィクションのキャラクターではなく、実際に悩み、傷つきながらもヒーローに成長していく一人の人間として、観客の心に残るのです。

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クリプトンの息子、クラーク・ケントは人間らしい泥臭い葛藤を乗り越えていく事で、往年のコミックで描かれたような笑顔がまぶしいみんなのヒーロー、スーパーマンへと成長していきます。このじっくりと描かれる過程は、その変化こそが美しいのではないでしょうか。こうしたリアルな心理描写をなされたキャラクターと、VFXを駆使したいかにもコミックらしいダイナミックな映像の組み合わせが、DCEUをDCEU足らしめていると思います。アイデンティティーと言っても過言ではないでしょう。

 

 

映像が美しいザック

次に、ザック・スナイダーは非常に画づくりにこだわる監督です。職人といっても良い。2人の人物が会話するシーン、映画ではよくある状況であり、通常2人の顔を映して交互に切り替えていく方式だと思います。また、照明も背景に当たってフラットな印象を与えることもあります。しかし彼は、会話シーンですらこだわります。

f:id:the-Writer:20180320131334p:plain表情はいわずもがな、人物の配置や照明で付けた陰影により、人物の置かれている状況や心境を現しつつ、それだけを切り取ってもこだわりのあるカットになっています。個人的に、彼が撮った映画は全編にわたってどのカットも余すことなく、構成的に美しいなあと感じますね。先に書いた、「ダークさ」「シリアスさ」に輪をかけているのが陰影をくっきり付け、色あせたような色調です。しかし僕は彼は何でもかんでもむやみに色調を落としたり暗めに撮っているわけではなく、しっかりした理由があるからこそそのような撮影を行っていると思います。MoSは色あせていると言われても仕方がないような映像ですが、BvSでは撮影監督のラリー・フォンの働きもあって暖色系のベージュ的な色調が印象的です。そして、JLでは僕が「彼はむやみにダークな映像を撮らない」と述べた根拠となる考えを抱いていたことがわかります。

「ザックはとても優しく話しやすい人でした。彼は原作のコミック本とキャラクターたちの大ファンで、その世界について深い知識を持っています。プロダクションに対する彼の全体的なアイデアを1時間ほど聞き、その映像の実現に向けて進めていきました。一連の他の作品のような、様式化して彩度を落とし、コントラストを強くした映像は避けたいとザックは考えていました。僕は自然な照明を好むタイプなので、その考えは僕の作品の価値観にぴったりでした。『ジャスティス・リーグ』を35mmフィルムで撮影するのはすでに決まっていたことで、僕は何年もフィルムでの撮影をしていませんでしたが、期待に胸がふくらみました」とワグナーは続けました。

出典:映画『ジャスティス・リーグ』の自然派のルック、及びVFXやCG制作を支えたコダックの35mmフィルム

ダークと称するのは簡単ですが、僕はこれによって作品に決定的な印象付けを行うことができる上に、非常に見ごたえのある映像に仕上がっている、と思います。照明と陰影にこだわった映像は、人物の顔の表面の凹凸から背景となる舞台まで、どこに目をやっても飽きないような仕上がりです。平たく言うなら、奥行きのある映像となり、一回見たらそれで終わりといった映画ではなく、何度観ても満足度が高い仕上がりとなっていると思うのです。

そうした仕上がりによって後押しされるのが、僕が何度も述べている「キマッている」カットの数々。他作品では見られない、「うぉーーーっっあぁぁ!!」と盛り上がり度合いが群を抜くのが彼の特色であると思います。今までじっくりキャラクター達の思考と行動、それによって生じる物語の流れをカメラで追ってきた後に、いざコミックをそのままトレースしたかのようなかっこいいカットが映るのは彼の醍醐味と言ってもいい。アツい場面ではコミックのようなカッコよさを、悲しい場面では絵画のような美ししさを。アニメや漫画でしかできないような構図を、まさかの実写でそのまま再現する辺りに彼の監督としての見事な腕前と確固たる意志を感じますし、彼はそれをどのタイミングでぶつけるのがベストかもよくわかっているのではないかと思います。

\うおおおおおおおおおおおお‼‼/

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また、彼の持ち味としてアクションシーンも外せない。この点に関しては彼は天性のアーティストでしょう。積極的に戦いの舞台となる場所の特徴を利用することで、コミックのキャラクター達のパワーを示す。自由自在にフィールドを駆け巡るカメラでキャラ達の印象的な動きを捕らえる。アニメやゲームの映像を、VFXを駆使してそのまま実写化したようなダイナミックな映像は見事の一言に尽きます。普通はやらないようなこうした映像づくりを大胆に映像化に持っていく彼の決断と手腕はいやはや舌を巻きます。ザック・スナイダーが撮る映像は、照明によって陰影がくっきりとついて深みが出て、こだわりの色調調整によって美しく雰囲気を醸し出され、フィルム撮影による顆粒感ある仕上がりとなっています。僕は特に西欧の建築や絵画といった美術に興味は特にないですが、このように重厚感溢れる映像で紡ぎ出されるDCEUのヒーローたちの物語には惚れ惚れとしてしまいます。

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ストーリーテラーとしてのザック

画づくりに加え、もう一つ外せない点があります。ザック・スナイダーは何もただ任せられたから映画を撮る仕事人ではありません。特にBvSの舞台裏映像である、彼へのインタビューをみるとわかりますが、ザック・スナイダー自身がDCコミックスの大ファンです。彼のDCコミックスに対する造詣は深く、唯一無二のヴィジョンを築き上げています。そんな彼が指揮を執ってスクリーンに映し出す世界観は非常にユニークです。僕は彼が優秀なストーリー・テラーでもあると思うのです。MoS, BvS, JL……急速に拡大していく世界観と唐突な衝撃展開は、MCUに比べると非常に駆け足で無茶な展開であると思います。しかし、そんな無茶の中にこそ、ザック・スナイダーはストーリーを見出し、大まじめに取り組みました。

f:id:the-Writer:20180320084324j:plain希望の象徴であるスーパーマンは、充実したトリロジーを通してスーパーヒーローへと成長していきます。MoSでは誕生とはじまり、BvSでは挫折と死、JLでは復活と完成というように。その中でもこれまで5つも作られてきた実写化作品ではやらなかったような、スーパーマンの新しい一面が開拓され、彼一人で非常な密度を誇るキャラクターです。人間らしい葛藤を抱えつつも飛び回るスーパーマンは、煮詰まった怒りと絶望を抱えて老いバットマンへの転換期となりました。

f:id:the-Writer:20180320140937p:plainブルースにとって、スーパーマンとは初めはそのやり場のない鬱々とした感情の掃き溜め・永らく見失っていた生きて戦う目的になりました(少なくとも僕はそう思っています)。しかし、執念でスーパーマンに対してほぼ勝利をおさめかけたところ、スーパーマンの発した一言が彼のバットマンとしての起源の記憶を呼び覚まし、それをきっかけに様々なものを再び得ます。彼の人間性、自分の責任、そして人類を守る使命など……そうして彼は長かった日陰からようやく日の元へ踏み出すこととなりました。

f:id:the-Writer:20180320141106j:plainそして、ダイアナも何も知らなかったセミスキラの少女時代から、大勢の人間たちの想いが渦巻く人間界へと飛び出して現実を知り、「暗黒の100年」で自分の正体と本当の自分を周りから閉ざしながら生きてきました。しかし、ドゥームズデイという絶対的な脅威との戦いに身を投じたことから、彼女もまた日向へ踏み出すこととなり、徐々に仲間を得る喜びと世界を守る希望を再び手にすることとなったのです。

まだ詳細は不明ながらそれぞれの試練にぶつかった過去を持つバリー,アーサー,ビクターもジャスティス・リーグの結成によって、今後たどる道筋は孤独でいるはずだった時から、よりよい方向へと大きく変わったことでしょう。

BvSはリーグの中心人物たちの邂逅の出来事であり、明るい明日への、正義の夜明けを迎えた瞬間の物語でした。そしてJLでは、それぞれの能力を備えた6人の超人が、逆境・谷・闇から這い上がり、出会い、影響を及ぼし合い、団結し、彼らの旅路が永遠に変わる事となりました。

これでもかなり大雑把な語り口になってしまいましたが、ザック・スナイダーが意図したスーパーマン・トリロジーはこのような感じであると思います。これはもはやワーナー・ブラザーズが焦って立ち上げたMCUの後追い企画ではありません。スーパーヒーローたちの辿る壮大で興味深い物語≒神話、といってもいいでしょう。

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実際、それを体現する数々のキャラクター達は知名度云々ではなく、豪華なキャスト達によって構成されています。ヘンリー・カヴィルベン・アフレックガル・ガドットエズラ・ミラージェイソン・モモアレイ・フィッシャーなど……この6人だけをとっても外見と演技に特徴がありながら、非常に役柄にハマったキャスティングだと思います。もはや本人そのものであり、特にカヴィルやガドットの顔は西洋の彫刻を思い起こさせるような美しさであり、ザック・スナイダーの目指す「神話っぽさ」を体現する顔だと思います。そして彼ら一人一人のコスチュームも素晴らしい。MCUのヒーローたちはコミックのデザインを「もしも現実に合ったら」という方針でリアルに落とし込んでいますが、DCEUはリアルに落とし込んでいるものの、どちらかというとその特異な意匠は残しつつ、それを極限までリアルにかっこよくアレンジしているように思えます。一見原作コミックとはかなり違うような実写化デザインでも、細部までこだわりぬいた複雑でかっこいいコスチュームは、そのゴージャスさによって「神話っぽさ」を更に後押しします。

 

漫画や小説の実写化作品について、「何が正しいのか・どうするべきなのか」という実写化作品の哲学に関して僕はまだ答えは出せてはいないですが、DCEUは非常にユニークです。よって、このいわゆる「ダークさ」を「こんなのDCコミックスじゃない」と批判する方もいるでしょう。僕は原作のDCコミックスにはさっぱり知識が無いので、原作と違うといった批判にはどうにも何も反論できないというのが現状でしたが……「僕が精通している作品が映画化され、一見原作とはまるでかけ離れているようなものの、映画はしっかりと原作から独立した魅力を備えており、一本の作品として面白い」……そんな例が実は僕にもありました。東映スーパー戦隊です。

2017年公開のディーン・イズラライト監督による『パワーレンジャー』は、同じくシリアスっぽい雰囲気であり、更に基本中の基本というかスーパー戦隊のお約束というべき「変身!」といった掛け声や必殺技すら存在しません。それでもこの作品が面白いのは、パワーレンジャーとなる5人の高校生たちに寄り添い、彼らの掛け合いを徹底的に描いたことによると思います。メインと目されたスーパー戦隊らしい描写が意外と少なくても、一本の魅力的な作品として確立しました。

実際、JLスナイダー・カットを求める署名運動の発起人であるRoberto Mata氏も、幼いころよりDCコミックスの漫画やアニメにどっぷりと浸かった日々を過ごしており、原作によく精通している人物であると思われます。しかし彼はDCEUをとても楽しんでおり、「明るい」政策の下大きく作り直され、一見すると原作に忠実な仕上がりとなった劇場版JLに満足いかずに、上記の署名運動まで起こすほどでした。あくまで一個人の感性ではありますが、原作のDCコミックスを熟知している人物が起こした運動は、既に17万人以上の人物の心に訴えかけるほどです。

そこまでさせるほどの映画を撮るザック・スナイダーは原作となるDCコミックスを深く理解した上で、ただの実写化に留まらない、唯一無二の魅力を持った作品を創り出してきました。改めてMoSをみてみると、思わぬところでBvSやJLにつながる個所があったりして、彼が確固たるヴィジョンを持って製作に取り組んでいたことがわかります。ただスタジオが定めた計画に沿うのではなく、非常に深い本質的な部分でつながった壮大な三部作。こうして書いているだけでワクワクしてしまいますね。

 

以上に挙げたのがザック・スナイダーによって築かれた物語であり、僕はそれが非常に好きです。特に数々の挑戦的な展開を詰めに詰め込んだ充実の問題作BvSは僕の心の一本の一つと言ってもいい。スーパーヒーローの物語は基本的にフィクションであり、楽しい勧善懲悪の物語です。よってスーパーヒーローの物語現代の民話と言えます。

そんな人知を超えた力による、一見爽快な活劇の根底・核に大切なメッセージが込められているのなら、それを神話として描こうとするアプローチは間違ってはいないと思います。しかし、DCEUがいつまでもこの方針でいくことはできないし、僕も実際そうなるべきではないと思います。やはり長期間存続し、人々の興味に訴えかけていくには何らかの変化が必要であり、ザック・スナイダーが敷いたレールはいつかは終わりを迎えるときが来ると思っています。もしかすると、それがJLスナイダー・カットなのかもしれない。

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ザック・スナイダーが築き上げた世界は、一見伝統的な原作コミックのそれとは異なり、原作はあくまでインスピレーション元として、その本質をくみ取りつつ唯一無二のDCEUとして出来上がりました。JLで一旦完結を迎えたDCEUは、今度から今までよりも原作を取り入れていく方針に向かっていく気がします。一見原作から異なるような複雑でリアルなデザインが、徐々に原作のコミック調のそれに近づいていくように、JLでDCEUはやっと日の光を浴びる時期に到達しました。これからはDCコミックスが元から掲げていた楽観・希望といったテーマをよりストレートに表すことができるでしょう。

神話を目指して濃厚な画を撮るザック・スナイダーの起用は、DCEUの一風変わったキックスタートでした。JLまでで、DCEUは基本的に押さえておきたいところは構築が完了しました。そしてより多くの原作ファンが満足できるような希望が詰まったDCEUは、ここから始まるザック・スナイダーは一見すると超人的なパワーを持つキャラクター達をじっくりと描くことで、その存在と彼らの下す決断に十分なリアリティを与えてくれました。そうしてじっくりとヒーローまでの道のりを描くことで、これからはよりコミック然とした明るく楽しい冒険も可能となります。とはいえ、それも唐突に明るくし過ぎると、MCUとの区別がつかなくなり、DCEUはその意義やアイデンティティーを見失い、競争において自らの首を絞めることとなりかねません。ザック・スナイダーの築いた「神話っぽさ」をどれだけ作品に盛り込んで、DCコミックスとして、DCEUとしてのバランスをとって成立させるかは個々の監督にかかっています。

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非常に個性的な作風を誇る彼ですが、彼を迎え入れるという決断も、そして彼が批判にとらわれ過ぎずに彼なりに全力を尽くしてくれたことは非常に喜ばしいです。スーパーマンイエス・キリストになぞらえて描いたり、どんなシーンであっても撮影をテキトーに済ませずに美しい映像として仕上げるなど、彼の職人魂や語り手としての才能には舌を巻いてしまいます。あれだけの「カッコつけ」を全力でやり切ってくれるクリエイターは他に居ないでしょうし、実際彼が大きな役割を担ったDCEUは追及のし甲斐がある非常に濃い世界になりました。だからこそ、僕のようなファンの心を魅了してくるのです。ザック・スナイダーの名のもとに精力的に映画製作に携わってくれた数々のクルーの方々にも感謝が絶えません。これだけ夢中になれるシリーズを創り上げ、提供してくれてありがとう、ありがとう……そんな感じです。

 

 

 

 

 

DCEUにおけるザック・スナイダーの魅力でした。彼が映画製作において発揮する個性は強烈なものですが、それがDCEUに符合し、この競争が激化する業界で生き残るための方向性を示してくれたと思ってます。ワーナー・ブラザーズが一度JLでやろうとした「明るい」方向性なら万人受けはするでしょうが、それを行うタイミングや方法を誤っってしまったのではないか、と思います。実際、JLは興行収入はシリーズ中最下位という不本意な結果に終わっています。

先に書いた通り、ザック・スナイダー自身がDCコミックスのファンなので、彼は独自のスタイルに従って映画を作りつつ、ファンをしっかりと大切にしていると思っています。この「神話っぽさ」は「明るい」方針よりもウケる人数が少なくなりますが、非常に特徴的で密度が濃い分、それだけファンの心に残り、また新しいファンの芽を育てるでしょう。実際にこの記事を読んでくれた方が、MoSやBvSを少しでももっと好きになってくれれば本望です。僕は何もザック・スナイダーの信者、つまり彼の作品をすべて鵜呑みにするほどの大ファンかと言えばそうでもありません。実際まだ『300』は観ていないですし、以前『ウォッチメン』を見た時には途中で挫折しました(;´・ω・)

もう何度も同じことを言っていますが、彼は自分のスタイルを自覚したうえで、DCコミックスのヒーロー達をスクリーンに蘇らせる際に自分のやるべきことをわかっており、それを実行する力があります。そんな彼が思い切り手腕を振るった世界観は僕を虜にし、心の支えともなるほどです。僕は、ザック・スナイダーが作り上げてくれた、DCEUのヒーローたちが大好きなのです。